四十年前のこと
板谷みきょう

大ちゃんは
いつもエプロンをして
前歯は二本抜けていて
何も聞いても
「ゴーオッ。」としか話せなかった

「大ちゃん。おはよう。」

『ゴーオッ。』

「今日は、何の作業するの?」

『ゴッ。ゴーオッ。ゴウッ、ゴウオ、ゴーオッ。』

「ふーん。でも、何、言ってるか分かんないよ。」

大ちゃんは
満面の笑みを浮かべて

『ゴーオッ。』

どっちゃんは
跛行で涎をたらしてた

時折、園内を歩いてると
突然、立ち止まり
シュッと右手を前に突き出し
手首を
左右に振る奇妙な仕草をする

その時に、声を掛けても
指の先を凝視して
何かに憑りつかれたようだった

おっちは図体の大きなダウン症で
関心を引きたくなると
店の物を盗む振りをした

「おっち。ダーメ。」と言われて
笑みを浮かべる

ふみちゃんに
「山に行こう。」って言うと
意味深で
ちょっといやらしい笑みを浮かべ
恥ずかしそうに
『そんなことを言わないのっ。』と叩く

ボクは、山奥の知的障碍者施設で
八人入居の職員寮に一人で暮らし
生理的欲求すら昇華すれば
高次欲求となり
自己実現できると信じてた

園生と一緒にご飯を食べて
お風呂も一緒に入ってた

「人格尊重を損なう恐れがあるから
あだ名や愛称で
利用者を呼ばないように」なんて
言われてなかった頃


自由詩 四十年前のこと Copyright 板谷みきょう 2021-05-21 13:50:00
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