モノクロの天国と極彩色の地獄
ただのみきや

人魚

樹はなめらかに地に裾を広げ
自己と向き合う静寂に包まれている
幹は根元の少し上から二股に分かれ
片方は太く もう片方はやや細い
幹が重なって見える角度を探すと
上に向かって微かに捻じれ
太い幹から伸びた枝が腕となり
細い幹を抱き寄せ 頬や唇を重ねては
また互いの瞳を覗き込む  
刹那の中に永住しようとする恋人同士のよう
最初から誰よりも間近にいた
存在が己自身であることを
知ってか 知らぬか
ふたつの性を装い分枝した結合双生児
未分のまま充足し続ける性
その閉ざされた静謐には
鳥の声も子どもらの声も届かない
二本の幹はいつまでも
裸のまま風に包まっている






浦島

光の水槽で炭酸水が弾けている
遠い休日の朝
終わらない一日を求めて旅立った

あなたは
墓地で目を覚ます
忘れられた花束

終わらない そして 
想い出せない幸福に捧げられた

長すぎる余生
狂った磁針の放浪者 

暮れかけの墓石に止まる
擦り切れた 秋の蝶
開け方がわからない玉手箱を胸に

印象の断片を訪ねては 
どこからも追われてしまう
異端の巡礼者






土蜘蛛

血を遡る 舟は
  ゆっくりと沈み
暗い水底から浮かび上がる
   新月へと乗り換えて

滅んだ民の元へ
廃れ果てた神々の嘆息
       異類婚姻譚
       憑きもの筋
       
中央 周辺 境界外
水面上 水面下 光の届かぬ深淵

征服者は被征服者の血を吸収して
知らぬ間に自らの暗闇に住まわせる
それは時代を経て正体を失くしたまま
時折哀哭し 人の心を騒がせる

悪夢 呪い ――否

戯れに紡ぎ出す
新たな異類婚
わたしの血の彼方
   美しきシャーマンよ
     おまえの夜は真昼
      恋は陽気な狂気






晴天なり

太陽はタンバリン
見上げる盲人の目蓋へ
降り注ぐ青と黄色が溶け混じる
全身が石へと変わって行く
自衛の騎士
瀕死の白鳥よ
浴びせられる劣化ウランが
貴金属店で売られる高価な詩句であるとは
誰も思っちゃいないが
大勢に言われるとつい受け入れてしまう
フラッシュ・モブに駆り出される
ムーブメント・ジャンキーたちの
溶け出したアイスクリーム
集った蟻で形成される
イエロー・ペーパーの上
十円玉に乗って疾走する
鼬がアガペーすれば
玉虫色の臓器を吐き出して
選挙ポスターがアカンベー
毎日が花時計
毎日が菊人形だ
やっと通り魔と会うのに良い季節が来た
おまえの孤独を癒そうと
おまえの胸を突き破り
いくつもの花で飾られた山車と
ムーブメントの行進が
沢山の人々が
笑顔のフラッシュ・モブが
みんなおまえじゃないか
おまえ以外存在しない
内も外もおまえでいっぱいじゃないか
おまえの会話は独り言じゃないか
かく言うおまえはおれじゃないか
ここまで来たら結婚しよう
結婚は心中
誕生とはエンドロール
ついに言葉になるときが来た
言葉の発火現象は
宇宙人の仕業じゃなかったのか
おまえがおれでなくなるように
禁じられた遊びが貞操帯を外す時
大麻は解禁されマタイ伝が朗読される
青空で溺れている
マシュマロを掴み損ねた女
企業広告の背中へ
カスピ海のキスをしょう
そうして蜜蜂の微睡みを
ああ自殺は菩薩
時間は砂岩
この鳴り響くベルのやかましさ!
本日こそは絶対の晴天なり



                  《2021年4月11日》










自由詩 モノクロの天国と極彩色の地獄 Copyright ただのみきや 2021-04-11 13:47:32
notebook Home 戻る