常にこめかみにあてられた銃口が囁いている
ホロウ・シカエルボク


漆黒垂れ流す深夜、息の絶えた獣の響かぬ声を聞きながら、寝床の中で目を開き、湿気た記憶の数を数えていた、思えば必ず身内の誰かが脳を病み、自我を曖昧にし、かろうじて自己紹介が可能な程度の人生を生きていた、それが宿命といえばそうなのだろう、けれど俺はそれらの要因をすべて、こんなものに注ぎ込んできた、リズムを手に入れれば狂気は甘美になる、もしか俺はずっと幼いころから、そんな手段を得ようと躍起になってきたのかもしれない、こうして考えてみるとそれは、叶ったような叶わなかったような奇妙な感触ではある、しかし結論など問題ではない、それがあろうとなかろうと砂時計は繰り返し反転する、同じといえば同じ、違うといえば違う、そんな些細な体感が果てしなく続いていく、知ろうとしなくなった、悟りなど一過性のものでしかない、それにとらわれるともう同じものしか生み出せなくなる、イズムにがんじがらめ、そんなやつは珍しくない、余計な靴を履けばどんなに懸命に脚を動かしても走るのは遅くなる、そういうことだ、なにか、車の盗難防止用アラームのような声で鳴いている鳥が飛び去って行く、夜を彷徨う鳥たちの声はなぜこれほどに忘れられない?寝返りを打つと俺にしがみついている誰かの腕が見える、それは現実的な質量ではない、便宜的にそういった姿でここに現れているのだ、からくりを知っていたって逃れられるわけじゃない、むしろ、見えるほどに厄介なものになる、時々は阿呆のように聞き分けのいい連中のことを楽だろうなと思いもするけれど、そんな人生を歩く自分を想像するだけでゾッとする、もう一度寝返りを打つと腕は死体のそれのように俺の胴からぱさりと落ちた、そしてそれきり見当たらなくなった、あれはきっと記憶の中から零れ落ちてきたものだろう、気まぐれに目を閉じてみたが睡魔はやって来なかった、もう一度目を開くと漆黒はさらに濃度を増したように思えた、世界はまれに襲い掛かって来る、俺はその瞬間をいつも知っている気がする、寝床に居る時には特に…子供の頃、天井が自分を喰らいに来ると信じていた、それは天井などではなく、天井に擬態したなにかなのだ、随分長いことそう信じていたような気がする、だから俺は朝が嫌いだった、おそらくはすべてを知る前に喰われたかったのだ、でも今もこうして寝床の中でそれを見上げている、宿命、運命ー名はどうでもいいがーそんなものを知っている連中はやつらの好物ではないのだ、やつらにとっては自我ははらわたのようなもので、喰ってももの凄く苦くて吐き出してしまうような代物なのだ、だから今もこうして寝床の中でそれを見上げている、もしかしたらそれは本当は天井でもあるいはそれに似たなにかでもなく、もっと違う、なんらかの意志のようなものなのかもしれない、俺が見ていたのはきっとその蠢きなのだ、仰向けになって天井を眺めていると、小さな灯りの届かない隅の方で、闇がじわじわと形を変え続けている気がした、生きている…いつからそれを見なくなったのだろう?眠るときに、すべての灯りを落とすようになったからかもしれない、完全な闇の中では、闇は認識出来ない、これを矛盾だと思うだろうか?ではお前は空気を認識出来るか?俺が話しているのはそれと同じだ、こんな風に寝床の中で、眠る前にうろうろと思考が彷徨う時間こそが、人生の真実なのではないかと考えることがある、人生の真実とは意識そのものだ、そうじゃないかい?もう人間たちはそのことを忘れ始めている、俺にはそのことがはっきりと見える、そうでなければ自ら愚かになりにいくような真似など出来ない、そんなことを思うと示し合わせたように数人の酔っ払いが通り過ぎる、彼らは時間を無駄にする天才だ、もう一度仰向けになる、俺を喰らおうとしているのはおそらくいつだって俺自身だ、そうでないとすべての辻褄が合わない、俺の心中には鬼が住んでいて、そいつが俺の魂を喰らおうと機を窺っている、多重人格者のホストが奪われるみたいに俺と取って変わろうとしているのだ、もしかしたらそいつと入れ替わったところで人生には何の支障もないかもしれない、けれどそうなったらもう二度と俺は天井を眺めることはなくなるだろう、深く暗い湿気た場所で今度は俺が鬼となって、俺を奪い返す時を待ちわびるのかもしれない、そのとき俺が考えることは何だろうか?それはもしかしたら棺の中で思うことと同じなのかもしれない、死とはなんだ、思えばこれほど曖昧なものもない、そいつは生きてる人間には実感出来ないものだから…だからこそその瞬間を追い求めるのだろう、俺のように真夜中に、たったひとりであれがこうだこれがそうだと声もなく喚き立てる人間にとっては、それはこの上なく胸躍る裏切りであり成就なのさ。


自由詩 常にこめかみにあてられた銃口が囁いている Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-04-04 23:42:46
notebook Home 戻る