幻視
タオル
ことばは、はっした時点で幻になる。
よくも悪くも。
ね、みみをもつってそういうことだよ。
幻のみみは幻を受けとれる。
昔、にんげんのみみがとても好きな王様がいて、
その王様はロマンティックかつ残忍な性格だったから、
家来やその妻、そしてその子供たちの耳をそぎ落とし、
森の奥ふかくに埋めたのだった。
耳のない死体がお城中にころがって、
とうとう王様の世話をするものが誰もいなくなったから、
王様は乞食のようにみすぼらしくなったとか。
──ウソのようなほんとうの話。
その王様が夜ごと唄うんだよ
ボロ布になったマントをひるがえし、
夜はわたしだ、わたしが夜だ
こんや、嵐が来ればいい
・・・・・・
こんやがその風、春のにおいをかぐために
わたしはちいさい窓を開けたのだった。
暗やみのなかをただようさくら。
白くてむやみにちいさくて、
生まれてから一度も何かに逆らったことなどない
無抵抗のさくらばな。
風に乗る・乗せられる・何度でもただよう。
夜はわたしだ、わたしが夜だ、
──まずしさのあまり、ほぼ完全に気狂いの様相になった王様のもとには
吹きだまり。さくらの吹きだまり。
古いマントを覆うよにさくらの鱗がびっしりとはりつく。
─みみのないわたしたちのみみはそんな夜を視るのです。