デッサン
空丸

  犬


朝の静けさの中で
犬が吠えている
すべてに届くように

昼のざわめきの中で
犬が吠えている
君だけに届くように

夜のささやきの中で
犬が吠えている
すべてを打ち消すように


  卵


卵は卵形をしている だが何故か黄身は卵形ではない
頑固だが 脆い 不安定だが完全だ
小さな座布団が似合う
合わせ鏡の中で人知れず無限に並んでいる
並べると見分けがつかない ――孤独だ
卵を電球に翳していたおばさんを 遠くにうっすら思い出す
顔はどこだ!
始まりも終わりもないことに気付かされるだろう
影で輪郭を想像する 自転も公転もせず 静止画が似合う
小競り合いの武器になる
卵は善か それとも悪か 何世代目かという問いが無意味なように
必然で編まれた偶然という模様 時が流れているのか 私が流れているのか
世界は 殻の内なのか 外なのか
卵一個で半日潰す。


  笑顔


君は笑った 般若の御面のように
君は笑った 赤ん坊のように
君は笑った 正午の向日葵のように
君は笑った 泣きながら
君は笑った 音もなく
君は笑った からくり人形のように
君は笑った 深夜 暗闇の 鏡の前で


  もの


探し物
 向こうに
 行ってみましたか

落とし物
 ずっと待っているのですが
 もう あきらめたようです

忘れ物
 何を探し 何を落とし 何を忘れたか
 考えることさえしなくなりました

贈り物
 あたりまえすぎて気がつかないのか
 眩しすぎて正体がつかめないのか


  ただ歩いているだけなのに


街の真ん中に
川が流れ
橋が架かり
私が渡る

雨上がりの
小さな港町に
虹が架かり
私は立ち止まる

閑静な住宅街で
塀の上の猫が
振り向き
私と眼が合う

私はただ
ぷらぷら 
ぶらぶら
歩いているだけなのに


  君と会えない


死は生ものです。

影があるのは光があたっている証拠ですが
慰めにはなりません。

誕生日
それでいいんですか?

「まあ、いいや」と諦めのように
突き放す。

猫にも詩はある。
地球にはどうだろうか。

裏庭という陽の当たらないほったらかしの私有地がある。
脳のように。

こうやって一週間が終わります。
君と出会う機会はどこにもありません。


  さてと


日に日に強くなる陽射しに音はなく
 小さな商店街を抜けると
草木はざわめき始める
 小さなお地蔵が座っている
そのざわめきに動物たちは長い眠りから目覚め始める
 誰が誰を追い詰めたのか
人を刺す固い氷は鋭さを失い水滴を蓄え始める


  朝吠えた小声で吠えた


朝 吠えた 小声で吠えた
不器用な私に空は大きすぎる
  *
時計の針が足元に突き刺さる。危なかった。
どうしても、書いたものより書いている自分が気になるのです。
  *
しっ! 黙りなさい 夜が明ける

 初恋

すぐ隣にいるのに水平線のように届かない
その届かないものが今にも飛び出しそうに跳ね回っている

呪いだ!

  *
おはようございます。
この短い言葉で私は守りに入る。

宇宙は広かった それだけで語れる人類の絶望

朝っぱらから犬が吠えている
金縛りの街は充電中だ

  *
遮るものが何もない時
何を見るのでしょう



自由詩 デッサン Copyright 空丸 2021-03-25 17:52:05縦
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