流木は言った、他
道草次郎

「流木は言った」

ここまで まるで散文のように 諸国をめぐり歩いてきたが 詩の路地裏には この靴は硬すぎた テクストなど 情感を回る素粒子に過ぎない 詩人は そっと何かを置くだろう それでいいんだ いや それがいいんだ 旅に出る雲などいない 謙虚な流木が ある日 そう言っていた。


「変換率」

くしゃみをしたら プロペラと尾翼がバラバラになった じつによく計算されている それは喩えるなら 羽をたたんだ鳥たちと見分けがつかない 巨人労働者が空港では列をなす レインボーの気持ちの若者が マリアナ海溝を泳いでゆくふしだらな地元民たちを 眼で差配している 思えば 空腹で満たされる哀しみが あってもいいだろう どこかで分解された変換率が わんわん泣いている 虹色の鰓にファスナーを取り付けよう そうすれば遠浅の海は 空の彼方に しめやかな施錠の音を聴くだろうから。


「球体の表面」

とても大きな球体の表面で 安穏な形而上学を手に 見上げる夜空 宇宙は端的に言って 底かもしれない 記憶の重さにいつか 化石も熔けてしまうに違いない けっきょくは 此処には何もありはせず ただ 星の混じった流砂ばかりが 老けた未来史を せせら笑っていた。


「春の椿事」

よわい政略にも 虹は架かり ゴングはともかくも処を択ばない 治癒と熱とが 世界線にへばり付き 無為と緑青とが 黄金の桜をふらせる デルタ地帯に 昴は燦然とみのり 銅線のゆるやかな撓みに 人の指を離反した 中性子が回転している 星雲もまた 一本の棕櫚縄に過ぎず 縫合された夢の断片は 夜々朧に発光し むなしい春の珍客に 甘んじている。


「蟲」

哨戒 虫らの 謎の政治 切り抜かれた論理(担がれてゆく葉っぱ) 絆されたかすがい(列島にもありふれた土塊) 引き止められた信号(ボイジャーの金製レコード版) 彼ら その私的生活記録 かなしみの分譲塚 可能の氾濫 その按配 差し出された手を 握る脳髄 複眼。


「運命」

運命論者 首ヘルニア ギプスの固定 一方向 概ね後方にて うち釘 閉じた永遠 ひらけた無限 数字に置換 時間は憮然 枯れた言葉の羅列と 無能の秘策 無自覚な皮肉に のせる顎の無さ 二つの眼球の質量増加に 悩まされる日々 困りものの恩寵 それこそが 運命。







自由詩 流木は言った、他 Copyright 道草次郎 2021-03-25 10:34:45
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