スパゲティのための試論
道草次郎

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まず、赤いフタの大きなアルミ鍋に七分目まで水を入れ、中火と強火の間ぐらいの火加減で湯を沸かす。五分ほどすると、プツプツした細かい気泡が上昇し始め、水の表面が微かなプルプルに満たされるようになる。やがて気泡の動きは激しくなり、乱暴なマグマのように盛り上がった気泡は表面において次々と弾け始める。沸点に達した瞬間だ。グツグツ。

スパゲティを一掴みわしづかみにし、円を描くように鍋の縁に寝かせる。少しするとスパゲティの下部が軟らかくなるので菜箸で掻きまぜる。スパゲティ全体が湯の中に収まるようにしてやるのだ。茹で時間は8分。途中何回か菜箸にて攪拌を行う。タイマー音とともに火を消し、トングを使いザルにスパゲティを移す。ザルを軽く振り水気を取り、速やかに皿に盛る。あらかじめレンジで温めておいたレトルトのミートソースをかけて出来上がり。いただきます。美味い。


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或いは別のパターン。
レトルトを免れた午後六時の心地いい風と、夕陽の流入を誤魔化せないラジオから流れ出るサッチモの場合。

食材。
玉葱、大蒜(地場産)、豚ひき肉(冷凍)、オリーブオイル、トマト缶(角切り)、トマトケチャップ、ソース(中濃)、ガラムマサラ、胡椒、ナツメグ、ローリエ(月桂樹の葉)、料理酒。

道具。
包丁、包丁研ぎ、フライパン、ガスコンロ、木ヘラ、菜箸、ザル、ザル受け、鍋。

するべきことはこれら一つひとつに付与された役割を、役割の書かれた分担表(どこぞにあると云われるホワイトボード)に従い適切に刻み、切り、熱し、炒め、掻き混ぜ、加え、沸騰させ、水気をとばし、撹拌し、引き揚げ、所定の場所へ据える事である。


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また、別の角度からはこうとも。

スパゲティのその一本はたえまなく連綿と続いてきた過去からの道である。スパゲティの可能性は一本の両端のどちらかに端を発し、もう一方の端へとむかう意志にその大部分を負う何かである。それは誕生と死との狭間に横たわる生そのものの暗喩、仄めかしとも言え無くはない。スパゲティに突き立てられたフォークの回転は、だから、いくつもの生やそれが辿って来た時間のドラマチックな融合と交尾に他ならない。粉チーズは淡い夢であり、タバスコはブレイクスルーとも言える。ミートソースとの絡みあいに付与される意味は、意味分節機能に於ける存在の受胎、ないしは符牒の措定である。スパゲティに比肩し得るスパゲティ的な存在様態は、本来的にはスパゲティの中にしかその展開を規定されないばかりか、スパゲティ的範疇を逸脱する限りにおいてはじめて成立する何ものかである。それは、おそらく口内における反芻と唾液の象徴として、限定的にスパゲティの中に構築される擬態概念に近似だ。



……書くことは、書いていない時の集積である。また、書いていないことは、書く時からの漏出である。




自由詩 スパゲティのための試論 Copyright 道草次郎 2021-03-18 22:09:03
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