アフター・ミッドナイト
ホロウ・シカエルボク


暗くなる前に灯りの準備をして欲しい、悪い夢を見ないに越したことはないから、静かな音楽を流して、狂気じみた思いを鎮めて、安らかに目を閉じることが出来たらいいね、こうして話してしまうと願いというのは全て嘘っぽく感じるのはどうしてだろうね、お前は相槌を打っているけれどたぶん一言だって聞こえてはいない、だってそこに関連があるような面倒臭い話を始めようとしないもの、だけど俺の方だって、聞こえていようが聞こえていまいがどっちでも構わないんだ、体裁を保とうとしているだけなんだもの、時計の針みたいな一日だった、明日だってたぶんそうさ、俺たちは心に足枷をかまされた奴隷に過ぎない、ほら、天気のことだってろくに知らないまま終わる一日だってあるだろう、しかたがないことだってみんな言うね、そりゃあみんな本当はなにも納得していないってことだよ、ただ自分で考えるのが面倒臭いからそうやって乗っかっているだけなんだ、そして難儀なことに、自分がそんな真似をしているっていうのを全く理解してはいないんだよ、本当に真実を、良きことをしていると思いながら生きている、自分の真実しかないのなら社会になんか出てくる必要はないのにね、まあ、そこにこだわっちゃったら俺みたいな人生を送るのがオチだけど、笑えよ、笑うところだよ、ここは、まあいいや、ところで明日はなにか用事があるんだったっけ?ああ、いいよ、判ってる、適当になにか食べておくよ、あっ、このタレント、出始めの頃は可愛らしかったのに最近は妙に慣れた感じになっちまってどうにも好きになれないな、だけど彼女にしたって仕事でやってるわけだから、与えられた役割をこなそうとした結果なのかもしれない、だけど、そうやって、その人ならではのものを押し殺して周りのノリに順応していくだけの毎日って、果たして正しいのかね?とにかく、自分を真面目だと誤解してる連中は我慢を美徳のように話すよね、だけど言っちまえばそんなもん、「欲しがりません勝つまでは」じゃねえかって感じするんだよね、そう思わない?俺はキッチンで水を飲んだ、外は寒いらしく、水がよく冷えている、それが消化器官を塗りつぶしていくのが判る、そういう感覚は嫌いじゃない、自分が生体なんだって思い出させてくれる、それから、適当にそれぞれの用事を済ませて、それぞれの寝床に入る、街路を歩く酔っ払いのダラダラした話し声も、ひと頃に比べるとだいぶ増えてきた、我慢なんかしてもしょうがない、結果なんて全部運命に従って与えられるものなんだぜ、だから俺はしたい努力しかしない、俺がそう言うとお前は俺のことを馬鹿だと言う、ああ、お前も脳味噌に楽をさせたがってる連中の一味だっていうのかい、どうか俺を落ち込ませないでくれ、歌いながら寝床に入る、お気に入りの小説を読み返しているから、今夜は少し遅くなるかもしれない、明日は休みだしね、多少のんびりしたってまずいことはない、少しストレッチをして身体をほぐしておかなくちゃ、歳を取るとなかなかままならないね、だけどその分やるべきことはやるようになる、もちろん自分がやるべきことという意味だけど、だからやるべきことに関してはすごくスマートにこなせるようになってる気がする、昔ある宗教家が雑誌で言ってた、人間ひとつくらい壊れててちょうどいいという言葉を思い出す、あれはこういうことだったのか、あれを目にしたのはいつのことだったっけ?いまはコンビニになってしまった本屋で立ち読みしたものだから、十年は前になるのかな、必要な言葉って忘れないもんだよね、仰向けに寝転がると、きいんとしたノイズが聞こえる、ここ数年で奇妙な病にとり憑かれた身体が放つノイズなのかもしれない、ノイズは必要だ、ノイズの方が必要だって思えるときもある、人間って本来不規則なノイズの集大成じゃないのかい、そうでなければ俺自身にもこんな文章にもなんの意味もないって気がする、昔よりも悪い夢を見ることがなくなった、それはいいことなのか悪いことなのか判らない、でもたぶんそんなことどうだっていいことじゃないか、たとえば眠れないとか、そういうのよりはずっといいことだと思うし、昨日も明日も遠い、あるのは今だけ、それはなんだか怖い気がするし、楽にもしてくれる、俺は目を閉じる、眠るまでにはきっともう少しかかるだろうけれど、こんなときに考えたいことを俺はわりとストックしてあるんだ。


自由詩 アフター・ミッドナイト Copyright ホロウ・シカエルボク 2021-03-08 00:34:43
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