料理で俳句①海鼠
SDGs

~本日のお品書き『海鼠』~



 関東は青関西は赤海鼠

「もうそれくらいにしていただけませんか」
店主が柔和な顔で怒っている。
ここは京都北白川「ん」。学生時代に通いつめたおでんの旨い店だ。
店は5~6人座ればいっぱいというカウンターだけの小さな店。
北白川通りに、ただ「ん」とだけ一文字の赤い提灯が店のありかを示している。

初冬のある夜、店を覗くと“海鼠入りました”と壁にある。
「なまこ、赤?青?」
「赤」
早速もらった。しかし酢がいただけない。ミツカン。これじゃ海鼠が泣く。俺も泣く。

ふと、あることが浮かんだ。
…近所の家の塀越しに、…たしか橙のオレンジ色を、見たような…
「すぐ戻るから」

「これ使って」
「お、橙ですね。どこにありました」
「一筋向こうの黒塀の中」
「盗ってきた!?」
「そう」
店主の表情が曇った。
「お隣の、こちらさん…」
「こちらさん?」
「そう、こちらさん、黒塀の家の人」

見るとニコニコしている。
「いいですよ、どうぞ、どうぞ」
そうですか、すみません、まいったな、どうも…などといって
キンシ正宗の熱燗をやりながら、海鼠をどんどん追加。
海鼠はほぼ100%水だから腹に溜まらず、食い止めのタイミングが難しい。

「もうそれくらいにしていただけませんか」
走りの品なんだから皆に食べて欲しいんですよ、という。
店には店のストーリーがあるわけだ。

ご馳走をとりあげられた犬のような表情で、私はそれから何を注文したのだろう?
そこから先の記憶は、ぷっつり切れている。


俳句 料理で俳句①海鼠 Copyright SDGs 2021-02-07 10:47:52
notebook Home 戻る