眼のない光
ただのみきや

内から喰われる

くちびるから離れる熱い器
つかもうとして膨らんだ白い手は光にとけ
網膜にしみる青さをかもめが掻っ切った
上澄みだけ日差しに毛羽だった 
時のよどみ底なしの 泥夢――現実

鏡の奥行 あわい粉飾 
のぞき見る歌声は祝祭の面ざし
ひからびた血肉の古い絃を探る
母音の祝詞
風の愛撫に燠火はめざめ
火の粉の群れがいっせいに舞い上がる
陰影の蝶番ははずれ
死者は生者を身にまとい
摩耗した悲しみのカメオも
うす紅のばらの瑞々しい気色をおびる
ああ現の煩いを煙でまく
ささやかな欺きによる救済
しなやかな音楽の肉叢よ

深淵から浮び上る原初の姿態
型もなく規範もなく
個々の無垢なたましいが
妄想し摸索した
祝祭と救済
それに触れようと
そこに至ろうと
創作と表現により生み出された
あらゆる有形無形の
あるいは時空間による
原始的で創造的自慰

必要よりも大切にされた
無益でシンボリックなものたちから
染み出した美しい毒の
流れの果て 泡沫の
油膜に映るひとつの顔――

わたしは酒で血を薄め涙の石で魚を殺した
鯨はいつも垂直にわたしの中へ消えてゆく






書き記された物語は

一冊の本を所有することはできる
一つの物語をこころに収めることもできる
だが物語は誰のものだろうか
作者 著作権者のものか
版権や販売権を持つ者ではないだろう
もはや万人のものだろうか
あるいは物語の中に住む登場人物たちのものか

感情を持たない記号の群れ
いく筋にも連なった文字蟲たち
鏡面的受動性と不変性を併せ持つ
それぞれの記号と結ばれた
音と意の連続体に誘発されて
人は不朽の果実に手を伸ばす
文字にではなく
自らの心の園にある
それぞれ異なる果実に

ものがたりは誰のものだろう
主張しない
文字は自分を語らない






白骨

音楽が終わったことに気づかずにいた
わたしは受動攻撃性パーソナル障害という
言葉をネットで見つけて暫し見入っていた
窓辺では白い流木が日差しと戯れている

思い出からは色がすっかり抜け落ちて
パサついた記憶には
晴れた冬の浜辺に落ちている海藻や貝殻のよう
それ自体冷やかな慰めで死を幾つも連れていた

息子の昼食に月見うどんを作る
見えるものは全てささやかな問いかけで
読み解く者はみな自分を紐解いている
爆弾低気圧並みの沈黙も膝の上では猫だ

台所を覗くのっぺらぼうの光
葱の青さ あの若々しい命の我慢強さを
わたしは古いブラジル音楽に身をまかせ
いつぞや振り回し欠けてしまった包丁で刻むのだ



                   《2021年2月6日》










自由詩 眼のない光 Copyright ただのみきや 2021-02-06 18:58:42
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