中る
ただのみきや

真っ逆さまの光の頂
 集めた八重歯を笊で濯いで
女は大きなアサガオの
   白い蛾に似た花を吸う
小さな蜘蛛が内腿の
      汗の雫に酔っている


生木の煙 風の筆
飛び交う無数のデッサンが
炎で羽化し気色を孕む
黒い帽子で隠し通した
       恋情の黄変に


人気のない交差点
紐の絡んだ人形が青信号を待っている
その眼差しはゆるく溶け
気化した花が耳の奥
        服を脱ぐ


自我は自重で沈下する
地は柔らかく肥えながら
いつも飢えて巧妙な
笑みで手ぐすね引いている
その肖像は綿毛をまとい 満面に
漲っては 四散して
     自ら母性は鎮魂する


心臓から逃げ出した
魚は出窓に並んだ酒瓶の角を曲った路地の奥で
占い師に化けていた
ショール剥ぐと今度は孔雀に化ける
針のように細い経典で次々と海を堕胎さながら
瞬きの度にシンバルが
       男の中で響いていた


異国の新聞紙に包まった
 翼の未熟な女の左目は
 古代硝子で出来ていた
そいつが本物か偽物か
 浮浪者たちは言い合った
時には強い酒で火炎瓶になったやつが
 外縁の闇に灯ったが
墓石の都市は火傷もせず朝には煤を残すだけ
誰も昨日の夢については語らなかった
語れなかった誰もが忘れてしまい
 自分ではない何者かになって
 その日その日を生きていた
見たくもないテレビドラマを見続けるように
 坦々と騙し騙されて


あなたのために食卓を備える
 青い海の真ん中へ
  服も脱がずに飛び込むように
少しだけ幸せな猫を
  赤い紐で殺めるように
あなたのために食卓を備えよう
わたしが開封されないまま
泥濘からの手紙として
     八つ裂きにされるように
月と引き合う真珠より
高価な毒を夢に抱いた
    瑞々しい蕾のように
あなたの背中に開いた窓から
      これら全てを眺めながら



                    《2021年1月9日》


   








自由詩 中る Copyright ただのみきや 2021-01-09 12:55:48
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