破断された時間
道草次郎

俺なんて所詮ぐちゃぐちゃのコードで、解きほぐせばただ単純な線で
俺はだから屑なんだし
屑って程の値打ちも無いぐらい
屑なんでって、それを言って相手の反応をうかがってるあんたの屑さ加減はよく分かったけどだから何?って
顔を君は電話の向こうで絶対してた。
言葉はそれ程じゃなかった。
言葉は疲れてしまっていた。顔だけが、ぼくを辛うじて蔑視してくれたと思いたい。
たしかに互いに、というよりは
いつからか僕の方がちょっとした引っ掻きキズにも過剰反応するようになった。
知らぬ間にほんものの下衆の道を歩いてるんだろうか。
君が針でさすと、ぼくは宇宙と生命への呪詛を吐くようになった。
この変わりようは予期されたろうか。いや、されてはいなかったはずだ。可能性の一つとして空想されたものの、現実になろうとは。
ぼくはつくづく自分の墓穴を深く掘るように自らを組織し井戸の底に肩肘を浸けて君へ中指を立てているに過ぎなくて、たとえそれが愛に似た囁きだとしても。
どうかベドウィンよ、見抜いてくれとおもう。イスラム以前のアラブの現実主義にさらされた一個の岩として、ぼくは割られるべきだし、そこには地獄も煉獄も天国すらないのだ。

あの日々のことを拘っているのは他でもないぼくで、病的なのはぼくで、卑怯なのはぼくで、ずるいのはぼくで、生きるに値しないのはぼくで、とそんなことを言い続けても、君は君のかんがえをかんがえ、生活におわれているし、君の時間は少ないし、薄汚れた思想は慎重に取り除く本能にどんどん長けてきた。当たり前さ。君は君を越えていきるしかなく、ぼくはまだぼくにとどまっているんだな、とおもうのだ。

この場合、一筋の光は可能か。コードを解すことをぼくはするのか。コードをほぐすとはなにか。君はつまらないプライドで人生を台無しにするなって。それから、あなたこそカウンセリングを受けるべきだと。ぼくは答えた。そうだろうとも。なにもかもそうだろうとも。そうしたことは、もう何億年も前から決まっていた、と。君は唾をはく。当たり前だ。君の唾は、市民として適切。しかも、人間としても、妥当。ただ、修羅としては、若干の齟齬。

君が電話のむこうでモスキートになる。小さく、尖って、血を吸う、昆虫に。ぼくは刺されないだろう。分かってる。それが君の戦法だ。針があるのに、さしも刺されもしない。ただ、あるはあるという復讐だ。ぼくは閉口してしまう。それだけよわいのだ。ぼくはいう。俺は弱いもののなかで一番よわい。君はいう。なんでつよいと言ってくれないの?と。おい、そこが君のずるいところだ。そこはふつう、一番だなんておおげさ、あなたはとにかく自分を大きくて見積もりすぎ。それこそがプライドね、と言うものだろう。でも君は言わない。まるで単純な女みたいに、しかし女が単純であるなんて天地がひっくり返ったってありはしない話だ。君はどこまで狡猾な蛇なんだ。


ぼくはいま、君との電話を切り、横になって浅い息をしている。息をすることが気に入ったような人のように息をしている。ぼくはもうかなり精神的に参っているのだろう。妥当な落とし所を探しはじめる。治癒の要る魂について、審判はじき下るだろう。ぼくは、おおげさにするより他のない人間だろうか。そうしないと、どうにかなってしまう肥大化した自意識の腐敗物か。ぼくは、そのようなものか。

ちがう。そんなはずはない。自分をそんなふうに貶めたくはない。何故だろう。わからない。でも、なぜかそう信じるしかない。希望も絶望もない。あるのはただ息だけ。息を追いかけるように次の息が、さらに次の息が。生存は宛てがわれた義務。このようななかでいったいどうやって何事かを絶望できようか。ただ次の息を招きその息とさらなる次の息の合間に全一なる肯定の刃をつき立てるより他はないのだ。

呪詛と肯定と見分けがつかない。
ぼくはやんでいるのか。どうかこの感情を一つのフィクションとして、漆黒の闇へと笹舟に載せ流してしまいたい、しまえたら。


自由詩 破断された時間 Copyright 道草次郎 2020-12-21 23:49:48
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