太陽はこんな俺も照らす
TAT

「実はちょっと天然な所もある」というのは俺の百八つあるチャーミングポイントのひとつだ。例えば中学二年生ぐらいまで、お弁当を上手く食べられない少年だった。おかずとご飯をバランスよく食べるという事が苦手で「ハンバーグも唐揚げももう全部食べたんだが、、。えっと、、この白米は、、味無しで食うのか俺?なんで?嫌なんですけど、、」みたいな羽目に週四で陥っていた。日々、ランチパニックである。今思い返しても、微笑ましいなあ、天然な愛くるしい少年だなぁと思うが、別に俺に惚れてたりはしない同じ班の女子とかは永久凍土のようなノーリアクションだった事を今でも切なく鮮明に覚えている。小三の頃の「ラジコン事件」というのもあった。当時俺は、激烈に安い千円ぐらいのラジコンを持っていた。ラジコンといっても有線な代物で、十センチぐらいのポルシェのバッタもんみたいな車(フロントガラスに目が描いてあって、しかもウインクしていた)のオモチャからケーブルが一メートルほど伸びていてキャラメルの箱ぐらいの大きさのリモコンに繋がっているのだ。んでそのリモコンで進んだり戻ったり、雑に動く訳である。今ならくれると言われても断る品だが、当時はまあ脳味噌の容量もそんな無かったので、家であぐらかいて一生懸命遊んでいた。そうしてある日、俺は思ったのだ。もっと縦横無尽にこのポルシェくんを隣の和室くらいまで走らせたい!と。そんな訳で、ケーブルをニッパーで切った。当時すでにプラモデル制作なども嗜んでいた俺だ。そこはハサミでなく、ニッパーを使った記憶がある。しかもケーブルの切断面が見えていてはおそらく格好悪いだろうなという、プラモのバリ取り等から学んだ美学ももう持っていたので、ケーブルが出ていた穴にはマジックで同色に着色した粘土まで詰めるという芸の細かさだった。ここには元から穴なんてないっすよ、という訳だ。ケーブル?有線?は?俺のポルシェくんはBluetoothですけど、という訳だ。(まぁ当時はまだBluetoothなんてものは無かったが、、)そうして意気揚々と作業を終えて、ワクワクしながらリモコンの進むレバーを押した当時の俺に何の罪があろうか。無論、動く道理が無い。そらそうだ。ケーブルを切った時点でポルシェ君は即死したのだから。当たり前の話だ。小一でも分かりそうなものである。「あっ!!そらそうか!!!」と、魂の奥の奥の奥からシャウトした苦い苦い苦い夏の思い出である。阿呆だった。シンプルに迂闊であった。当時はまだ「天然キャラ」みたいな言葉も無かった気がするが、自分で自分をごまかすように「そら、そやろ、、。アホか俺は、。うふふ」とか、独り言を呟いて、必死に涙をこらえていた。きもいガキだ。成人して後も、車に全然興味がなかったので「ハイエース」を医薬品かなと思っていた。ショッピングセンターの屋上駐車場から百キロ位の荷物の乗った台車をエレベーターで下の階に下ろしておくように言いつけられて、「いや。わざわざエレベーターまで行かなくても、そこにスロープあるからそれで下りればいいじゃん」と思って普通にスロープで下りたら、一人ハリウッド映画みたいになって死にかけた事もある。だが、それらのエピソードをも遥かに凌ぐレベルの過ちを、その後、俺は犯すことになる。二十三歳の秋に。今思い出しても叫び出したくなるような「そらそやろ。考えたら分かるやろ!先に気付けや!」なエピソードな訳だが、書いてる内に結構ボリューミーになって来たので二回に分けますね。別に引っ張る気は無かったんですが、すいません。次回「俺、モザイクキラーを手に入れるの巻」に続きます。


散文(批評随筆小説等) 太陽はこんな俺も照らす Copyright TAT 2020-12-20 15:12:55
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