あと3時間で死にますので、その辺よろしくお願いします。(短編小説)
月夜乃海花

「お客様は残り3時間で亡くなります。その辺よろしくお願いします。」
某所、M区にあるフレンチレストラン。僕は彼女の光希(ミツキ)と来ている。
「いや、どういうことだよ。」
俺は思わず怒鳴り声をあげてしまう。
周りの客はこちらのテーブルを見て、コソコソと話している。
「ちなみに私は残り5分で亡くなります。その辺よろしくお願いします。」
「えっと、どの辺がよろしくなのかわからないので出来ればどういうことなのか教えてもらえないでしょうか。」
光希は淡々と俺の思っていたことを言語化してくれる。どんな時も慌てず、何よりも強く、そしてたまに遠くを哀しげに見つめるその何とも言えない切なさに思わず心が惹かれていたのだ。
「と、いいますと?」
「ですので、私たちが残り3時間で死ぬという件です。」
「はぁ、そうですね。では説明をいたします。」
ウエイトレスは特に動揺した様子もなく、メニューを紹介するかのように説明をしようとする。
「そのまま3時間、正確には2時間56分でお客様は死ぬということです。」
「いや、だから何を言って__!」
俺がウエイトレスの胸を掴もうとした時
「その辺、よろしくお願いします。」
ウエイトレスの身体がまるでロボットのように倒れていった。良く見ると口から泡を吹き出している。
「ねぇ、ちょっと!」
話しかけるも返事はない。息はしていないところか、目はぎょろりと斜めのキッチンの方を睨みつけ、あまりにも惨い状態であった。
「おい、なんなんだよ……。」
動揺する自分とは違って、光希は冷静だった。
「なるほどね。」
「とりあえず救急車を呼ばないと!」
自分のジーンズのポケットに手を入れ、スマホを探す。しかし、見当たらない。
「ふーん。」
光希は目の前にあるラム肉のなんたらというメニューを黙々と食べている。ペラペラと光希が頼んでしまうので、俺も合わせてしまった。
「光希!帰るぞ!」
「どうして?」
「こんなのおかしいだろう!」
「たった5分でスタッフが死んだだけじゃない。」
「何言ってるんだよ!」
「落ち着いて、こんな場所で騒ぐべきでは無いと思うけれど?」
確かに高級なレストランではある。とはいえ、目の前で人が亡くなっている。周りの様子を見ると泡を吹いているウエイトレスを他の客はチラッと見るだけで、特に騒ぎが起きることもなく、料理に夢中になっていた。
「お前ら、なんなんだよ。」
思わず、テーブルを殴ろうとするが我慢をする。せっかくの場だ。いや、色々と意味がわからないが。
「大変申し訳ありません。」
どこかの部屋から、別のウエイトレスが現れる。
「先ほどのウエイトレスは亡くなりましたので改めて私が説明いたします。その辺、よろしくお願いします。ちなみに私は残り……そうですね30分程でしょうか。ですが、その前にまずは片付けを行わねばなりませんね。大変、申し訳ありません。」
そう言うとウエイトレスは泡を吹いた死体の脚を持ち上げ、遠くの部屋に向かっていった。
「何が起きてるんだよ。」
もはや混乱というよりも、アドレナリンが満ちていく。元々はプロポーズをするために今日の店を予約したのに、どうしてこんなことになっている?意味がわからない。10分程度待っているとそのウエイトレスは戻ってきた。
「それでは改めて説明させて頂きます。ちなみに私はえっと、残り7分で死にます。その辺、よろしくお願いします。そうですね、んー、お客様は残り、何時間、え?あ、残り2時間18分ですね。死にますね。」
たどたどしい説明に、もはや説明を聞く元気すら無くなってくる。何なんだこの店は。
「会計。」
「会計ですか?」
「お会計だよ!こんな店出るに決まってるだろ、意味わかんねぇ!」
俺はざっと3万をそのままポケットから取り出し、光希の手を掴み店から出ようとする。
「何?」
光希は食事を進める手を止めようとしない。
「出るんだよ!」
「そう。私は食べるけど。」
「はぁ?こんな店に居られるかよ、ほら出るぞ!」
光希の手を掴もうとするが華麗に避けられてしまう。淡々と食べる光希。
「お腹が空いてるのよ。」
「そうかもしれないけどさ!」
「それに私たちはあと数時間で死ぬんでしょう?だったら、残りの人生を楽しむのが得じゃない?」
「お前まで死ぬってなんなんだよ!」
「さっきの死体を見なかったの?」
確かにウエイトレスは泡を吹いて倒れたが。なぜ、この店の人間たち、そう光希も含めてだ。何も可笑しいと思わないんだ?
「お前ら、俺を、俺を騙して笑うつもりだろう!」
思わず机を叩いてしまう。それでも周りの客はこちらを見ようとすらしなかった。こんなにも店で煩くしているのは俺たちだけだ。
「落ち着いてワインでも飲んだら?」
光希はウエイトレスを呼び、ワインをグラスに注がせた。
「こんな夜に乾杯。」
乾杯している意味もわからないが、この際色々とどうでも良くなってグビグビとワインを飲み干してしまった。
「随分と品のない飲み方をするのね。知らなかったわ。」
光希は少し驚くもののまた無表情へ戻る。
「光希はさ、信じてる?俺たちがあと何時間かで死ぬってこと。」
「そうね。」
「この状況がおかしいとも、何とも思わないのか?」
光希はしばらく遠くのカウンターを眺める。これは彼女が何かを言おうとしている証拠だ。光希には考えるときに遠くを見る癖がある。
「おかしいといえば、そうね。可笑しいね。」
クスクスと笑う光希。久々に見た笑顔のように感じる。
「人間があと数時間で死ぬって言われて、まるで映画みたいよね。でも、私は本当に死んだら面白いとさえ思っているの。ほら、周りの人たちもみんな動揺してないでしょう?みんな、好奇心旺盛なのよ。私みたいに。」
命よりも好奇心を優先するのはある意味、光希らしい選択といえば選択だった。
「それより話すことがあったんじゃないの?」
光希から話を進める。なんやかんやで死ぬと言われた時間から1時間半が経っていた。そうだ、もし仮に本当に死ぬのなら最期に伝える必要がある。
「光希、俺さ、うまく言えないんだけど」
プロポーズの練習は何度も行っていたのに、実際にこうしてプロポーズをするとなるとやはり緊張してしまう。
「ずっと君に惹かれていたんだ。」
続く無言。
「光希と会社で出会ってさ、最初はすごく冷たい人だし論理的な人だと思って、正直怖かったよ。」
数ミリだけ光希の口角が上がる。
「でも、いつかそんな光希に興味が出て、俺がデートに誘うようになってた。気づけば、付き合おうって何も言ってないのに俺たちは恋人同士になってた。今思えば『付き合ってください』の一言をきちんと言えばよかったって思ってるよ。」
俯く光希。
「俺たちは自然に愛し合うようになっていた。それでも、それでも光希は時々遠くを見てるから。上手く言えないけど、守りたくなった。」
「へぇ。」
光希があまり興味の無さそうな返事をする。
「あのさ、もしかして光希って俺のこと、嫌い?」
気づいてしまった。今日の光希は特に淡々としている。しかも、ここ最近は笑うことも少なかった。なぜ、そんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
「嫌いな訳ないじゃん。嫌いな人とはこうやって、わざわざ来ないから。レストランなんて。時間勿体ないし。あまり、食べ物に固執しない方だから。」
光希は口調が強くなる。そして、小さくため息をついた。
「ごめん。」
「別にいいのよ。」
俺と光希はいつもこうだった。俺が勝手に暴走して、色々と考えてしまう。ただ、光希は感情表現が下手なだけなのだ。だからこそ、俺に少しでも笑ってくれたり、感情を見せてくれるのも。だからこそ光希と一緒に居たい。これからもっと光希を知りたい。
「光希、愛してる。結婚してください。」
光希はじーっと俺を見つめている。
「ねぇ、あと15分だね。」
「えっ?!」
時計を見ると確かに時間は進んでいた。きっと俺が上手くスムーズに話さなかったからだろう。残る寿命は15分となっていた。
「光希と出会えて、俺幸せだったよ。」
「そっか。」
「光希のおかげで色んな世界を見られたからさ。俺みたいに感情ばかり出す人間ばかり、この世界に居るって訳じゃないこととかさ。」
ふふふ、光希は笑う。
「なんだよ、何が可笑しいんだよ!」
「いいえ、ちょっと色々と面白かったから……!」
光希はレストランに似合わず大声で笑い出した。笑い続ける光希。
「み、光希、どうしたんだよ。」
「ごめん、個人的にツボだったの。」
「そ、そうか?」
光希は不思議なところがある。俺が言う台詞によっては変なところは何もないはずなのに、笑い出すのだ。
「俺のこと馬鹿にしてる?」
ちょっと意地悪に行ってしまった。
「ううん、してないよ。面白いなーと思って。」
穏やかな彼女の顔はまるで聖母のようだった。
近づくタイムリミット。
「そうか。俺たち本当に死ぬのかなぁ。」
「もし、死ななかったら何をしたい?」
「もう一度プロポーズするかなぁ。」
「もう一度?」
「今度こそきちんと決めたいじゃん。あんなに練習したのにさ。グダグダじゃん。」
「そうね。ん、でも悪くなかったよ。嬉しかった。」
光希の目から涙が溢れる。
「光希。」
突然、息が苦しくなる。どうやら、3時間が経ったようだ。本当に死ぬのか。息が出来なくなる。光希。また生まれ変わったら光希と__。
「あのね。」
光希は淡々とした声で言う。
「一つだけ言わせて。私、光希(ミツキ)じゃなくて水樹(ミズキ)だから。」

___

女の前に倒れた男。泡を吹いている。
「水樹様、今回もありがとうございました……。」
レストランの店長はオドオドと動揺しながら、女に話しかける。どうしても慣れない。女は淡々と肉を食べている。
「このお肉好きよ。あとこのワインも__。」
「動揺はされないのでしょうか?その、相手はアンドロイドとはいえ。」
「動揺も何もそっちだって店員にアンドロイド使ってるじゃない。」
「いや、そうなのですが。」
「今回はストーリー設定に無理があったかもしれない。でも、面白かったぁ。」
光希、ではなく水樹は語る。
「『アンドロイドが残りの寿命を知らされたらどうなるか』というテーマで研究させられているけれど、今回のコイツは流石にウザかったね。」
コイツとは目の前で泡を吹いている奴である。
「確かに会社からも『今回は感情表現を豊かにしてみた』とか、色々聞いていたけどさ。今まで手を掴んだり、テーブルを叩くのは初めてだもん。私、びっくりしちゃった。」
「そうですね。」
「あと、2人目の子も面白かった。何あれ、まるで新人の店員さんみたい!」
店長は苦笑いをする。
「あれは御社が『新人型アンドロイドを開発したから実験しろ』って仰ったから使っただけで__。」
「あれは良くないわねぇ。周りの客、ってかサクラだけど笑い堪えてたもん。怪しまれるかヒヤヒヤした。」
「申し訳ございません。」
「いいのよ。今回、色々とわかったから。報告書、書かなきゃー。でも、今回の奴は嫌いだな。私のこと、ずっとミツキミツキって。最初誰のことかと思ったら、水樹さんをミツキさんに聞き間違えたのかなぁ。色々開発に文句言わないとダメね。商品化したら、クレームものよ。『このアンドロイドは私の名前すら覚えません!』って。でも、ある意味聞き間違いをするというのは人間らしいから取り入れても良いかも。いや、最後に自分のことを『感情を出す人間』って言ってたの超ウケる。」
「水樹様、その、大変申し訳ないのですかワインを飲み過ぎでは?」
「へぇ。珍しい。店長さんが今までそんなに私のこと心配してくれることって無かったじゃない。」
「水樹様が珍しく、御笑いになられているので。」
水樹は首を傾げると30秒ほど考えて、なるほどと結論を出した。
「あー、わかった。で、あなたは残り何分で死ぬの?」
「残り12秒です。その辺、よろしくおねがいします。」
店長はお辞儀をするとそのまま、泡を吹いて倒れていった。
「あれー。店長型ってウチ開発してたっけ。似てたなー。ついでにこれも報告書書いておくかぁ。」

水樹は誰もいないレストランでPCを開き、ワインを片手に報告書を書くことにした。


散文(批評随筆小説等) あと3時間で死にますので、その辺よろしくお願いします。(短編小説) Copyright 月夜乃海花 2020-11-06 07:23:04
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