鏡の仮面劇
ただのみきや

斜陽

やすらかな捻じれ
霙もなく恥じらう蔓草の
浴びるような空の裂帛
戸惑うことのない白痴的漏出に
栗鼠りすたちの煽情的リズムと釣り針式休符
聞き耳すら狩り出した
落葉のかそけき笑い
掌に渦を巻く
嘘字の絡まりを潮解させて
光 ただ光の愛撫





家庭内錯覚

活躍出来なかった そんな負い目を保ちつつ
選手になれなかった者がコーチになる

自分と同じ失敗をさせないように早くから
手取り足取り 厳しく指導する

愛は時に鬼の仮面をつけるが
鬼はいつでも愛の仮面に己を隠す

成し得なかったことを得たいがため
選手を自分と同一視したまま月日を重ね

理解しているつもりでいるから
理解されて当然だと思っている





斜陽 二

あなたの胸で光が安らいでいる
悦びと哀しみの一葉の震え
わたしの指はただブローチに触れただけ
愛に遺言は必要だろうか
言葉は意味より紅葉している
老いた体に子どものまま取り残されて
仰ぐ空
遠く去る一羽の鳥の影を求め
最初から最後まで思い通りにいかなかった
穏やかに刺殺して
光は行き場のない者を選別する





ワイン

きみが溶ける美しい闇
透明な囚われの中で傾いて
あの日没の海のよう





秋の花火

長い導火線を燃やし切り
たどり着いたのだ
あたかも偶然のよう
破裂する 瞬間を 悟られず
――澄み切った衝撃
ゆっくりゆっくり大気に膨れ上り
静寂を開花させる
千々に乱れ飛ぶ 命は
真昼の光と抱き合って
しめやかに明滅し
曖昧なまま何時までも
払い除けることのできない
遠景 つめたい火の粉





大太郎法師

意味や法則が隠されている時
片言が片言の脚を掴む
存在しない遺言が判じ絵じみて来る前に
片言が片言の脚を掴む
踏み抜いて脱力し空白の汀に達するまで
片言が片言の脚を掴む

足跡を振り返り ゾッとする
一杯のカタルシスの中
溶けることもなく残留した何か




忘備録 Ⅲ

思考に間をもたらすもの
熱い唇なのか
冷たい刃物なのか
判別すらできないような
沈黙から嘆息へ その一瞬の
底なしの間




仮面をつけることで本性を現わす人もいれば
自分をつけることで仮面を体現する人もいる





あるいは反対に

それではあの絵を朗読してご覧なさい
実況でも解説でもありませんよ

 木は風によって語るのか
 風が木をもって語るのか
 さざめきは葉のものか風のものか
 きらめきは葉のものか光のものか
 大気は肉体か
 気温は衝動か

 虚無だろうと混沌だろうと
 どんなものでも鏡にし
 魂は自問自答を繰り返す
 だから万物は
 人のかたちに似ている
 ように見える

まるでなっていませんね
あなたの目には風しか映らないのですか





吸音

綾取りをする少女の
青みを帯びた影のように
耳もとに佇む人がいる

光の群れは隙間なく
狂ったように羽ばたいて
すべての音を食べ尽す

その時
聾唖の娘が産み落とした鈴ひとつ
木洩れ日を巻きながら

擬態語を寄せ付けず
ただ小さな白い蕾を
黄金の蜘蛛が抱くような――

見慣れない横顔の
迷い道――二時間 あるいは
二秒にすら満たないもの



                《2020年10月31日》









自由詩 鏡の仮面劇 Copyright ただのみきや 2020-10-31 21:22:41
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