ある町の情景
道草次郎


この町には地球より大きい時計がある。住人たちは各自思い思いに長針や秒針や歯車のアスレチックで遊んでいる。12時の方向に朝日が昇り、6時の方向に夕陽が沈む。一日一度鳴る鐘の音は祈祷の時間。メッカはどっち。

死ぬ事の練習から毎朝覚め、生き、やがて本番をむかえ全然こんな筈じゃなかったと思いたくないがためにシスターは祈る。荒れ狂う海原を前にして、白猫の頭部にしがみつく少女が着る拘束衣のダボ付き。

蟻の餌食となり間欠的に身をビクつかせる蚓の悶え。この瞬間にも無量大数の凄絶を載せ真空を切り裂くようにメリーゴーランドする青い星は、裏を返せばそうだ、天使の羽根で出来た彗星。町はそういう所に匿われている。

生まれいずる者と死に去る者の位相のずれが90°進むと虹が、90°遅れるとハリケーンが。ガイア理論はアンコールワットのほとりで佇む老爺。真相はヒジュラ暦とグレゴリオ暦を経巡り町の暗渠をいつも流れている。噫、二十世紀は遠くなりになりにけり。

喪われた土間の片隅に麒麟の親子。茅葺き屋根から突き出た首が都会の遊覧船を眺めている。アクアリウムに屯する精肉豚たちは、高層ビルで覆われた薄膜の意識の片鱗で時を待つ。

羊飼いを飼う羊たち。夜毎食卓を囲みナイフとフォークを器用に踊らせる。暗い寝室に差し込む団欒の光に怯えながら膝を抱えるかつての羊飼い。進歩しない孤独と神を前にしての絶対的公平。寝室に放られるパンと魚と、キリスト。


自由詩 ある町の情景 Copyright 道草次郎 2020-10-21 09:11:53
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