冷や麥
墨晶

 
 今あなたは冷や麥を啜っている

 あなたが今、啜っているのは、冷や麥である

 今、冷や麥を啜っているのは、あなたである

 あなたが冷や麥を啜っているのは、今である


 あなたの眼前に

 山葵を溶いたつゆの蕎麥猪口と

 柚子胡椒を溶いたつゆの蕎麥猪口が

 ふたつ竝んでいる



     前畧 我が家では、
     鰹節、干し海老、干し椎茸、切り烏賊を、
    (そうです! お好み燒きの藥味です)
     小鍋一杯の水をガンガンに沸騰させて煮てつくった出汁で
     昆布つゆを割ったものが、
     蕎麥、饂飩、御雜煮等のお汁として、年中始終登場します。
     旨味、甘みがあって美味しいです。
     タッパーに入れ、
     冷藏庫で冷やしたこの出汁でいただく冷やし麵は夏、
     とてもナンタラカンタラでお薦めです。
     しかし、日持ちしないので、卽、消費したほうが良いです。
                         草々



 喉は冷や麥が流れ落ちていく瀑布である

 あなたは、

「ほんとうに冷や麥を啜っているのだろうか」と、考え始める

 主體性が缺けた感覺のなか

 この行爲こそが「冷や麥」と云うべきなのではないか

 と、あなたはこの體驗を

 新概念として命名しようとしている


 最早、あなたは冷や麥である

 卽ち冷や麥は、「今」である

 冷や麥は「あなた」であり、「今」である

 あなたの名、それは「冷や麥」である
 
 
 


自由詩 冷や麥 Copyright 墨晶 2020-08-11 20:06:45
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