もう一度
道草次郎

もう一度
話そうということになったけど
もうなにをどう
話していいのかもわからない
君の声を聞くのが
ほんとうはこわい
君も
たぶん一緒かな

ぼくは
もう以前の君の知っていた
ぼくじゃもうない
力仕事をしなくなり
少し太った
日焼けしないから
二の腕が白い
でも一番変わったのは
こころだよ
ぼくにこころがあればの話だけど

それでも
話さなきゃならないんだね
色々なことに
蹴りをつけるために
上手くいきっこないけど
少なくとも
何事かは変わるし

おもえば
君はぼくの何を知っていたんだろう
そしてぼくも
君の何を知っていたんだ

8月ももうじき
お盆だというのに
御先祖のことなんて
とても考えられないのが本音だ

ぼくは明日君に黙って
昔から可愛がってくれている
93歳のおばあさんを
お墓に連れていってあげることにした

君は
おばあさんのことも
御先祖のことも
お墓に備える花のことも
そして
ぼくがこうして詩なんかを書いていることも
ぜんぶ
消し去るぐらい
つよく
現実というものを突きつける人だ
そうだった
ぼくは
文学や詩が好きだったけれど
君は
なんにも理解しなかった
けれどもこの3年間で
ぼくが自らに課したことは
そんな君を
文学や詩に一切依らず
大切にしていくということだった

たしかに
ぼくの破綻は
予期されたろう
ぼくも知っていた
けれども
それでも一緒になった

ぼくは
君と一緒に無人島で暮らすつもりで
日々を生きた
精神分析家はそれを
色々と解釈するだろうけど
ぼくが君を思い生きた足跡
それは
ぼくたちだけのものだ

世の中の
多くのカップルたちが日々
ズタズタと切り裂かれたり
さよならしたりする今の日本で
こうしたぼくの執着は
もしかしたら
危ない方向にまでゆきかねないのではと
君は思ったりするのかもしれない

けれども
真実を誰が知るというのだろう
もちろんぼくは
君がぼくを拒絶したら
引くよ
誓おう
でもほんとうは君からでなく
ぼくのほうから
切り出して欲しいんだろう
それは分かっているよ
ぼくはもう
そろそろ
卑怯なのをやめて
男として
向き合わなければならないね

憎むまい
君や君のおかあさんの事を

ぼくは
アルバイトをやめて職業訓練をしようかと思う
君は死ねとつぶやくか
それとも
吐き気がすると言って泣くかするだろうな

でももういいんだ
ぼくはこんなにも弱くて
こんなにもたくさんな詩や散文を書いてしまった
君の嫌いなこと
この金にもならない愚にもつかないこと
そればかりを
してきたしばらくだった

ぼくが沈黙しても何をしても
そんな時はどうか
月面でアームストロング船長がしたような
6分の1の重力下での
スキップのことを思い出してみて
本当に
お願いだから
色々と気にしないでおくれよ

君は君の話をすればいいんだし
ぼくは静かにそれを聞くんだから

もう2人とも
たいへん疲れているはずだ
だから
お互い落ち着いていこう

今夜だけは
どうかもう一度
二人でボートに乗ったあの時みたいに
恋人みたいに
君にははにかんでいて欲しいんだ



自由詩 もう一度 Copyright 道草次郎 2020-08-08 15:59:16
notebook Home 戻る