早贄
ただのみきや


なだらかな午後
ただそれ自体の円みと感性で
転がって
吸血する問いとなり
落下する 分裂の暗い谷へ

隠匿されていた
真っ赤な夜が溢れても
目交いすらなく
過る夜鷹に
斑に蝕された月の

繰り返される口形
結ぼれ解ける緋の花弁
白く煙を紡ぎつつ
滝の向こうへ
消える手毬のように

追いかけて
切断され
むやみに並べられたもの
継目のずれたまま自転を続け
自重と脆さで崩れて往く
始まる前から手遅れだった
わたしの死も
あなたの死も
過ぎた夏の夢
よく似た野の花々が
そこかしこに匂っていても

―――白昼に穿たれたもの
      わたしは
     眼孔の窪み 円やかな陰





ハンカチ

風の後の草いきれ
白粉の匂い
見つけられない姉の仕草
オニユリに絡みつくカラスアゲハ
低く屈んで弄る指先
死者をいっぱいに吸い込んだ夏
立眩む どこかで月が
恥じるように白い





酔い朝

 時間が暮れて往く
わたしは怠惰を名残り惜しむ

ああウィスキーが明けて往く
 琥珀の夢が透けて往く

 ささやかな死 そして
望まない復活

砂を失くした砂時計と酒の空ビンが
 朝に迎えの車を待っている

 分別をわきまえない二人は
いつまでも回収してもらえない





溶ける日時計

山の緑で目を洗い遠い海の雨を想う
靄の中で鴎が独楽のように傾いて
(円周率のようなもの わたしは
め付ける太陽に項をくれてやる
夏の文字盤は螺旋
わたしの影で刻々と蟻は狂った秒針





へそのない子

ノラニンジンの白い花で
縞模様のカメムシが交尾している

祖父の瑪瑙のカフスボタン
モノクロの遺影から滴る血

白磁で受け止めた
見知らぬ母の二の腕のほくろ

雨の斜線で蒼く涸らしたペン
ささくれのない赤子の手に握らせて

ノラニンジンの花がどこまでも
母のサンダルは朝には濡れていた





前兆

鉄筋コンクリートの寺院
その鐘楼から
陰影を帯びた音韻が飛び立った 
「不吉」 と書くことに
唇を押し当てて空気を踊らせるほどの躊躇いはない
一心に編んだ鎖帷子
何等かの畏怖を模った兜
外面そとづらの知的なアクセサリー
それらは理論的ではあっても呪術的でなく
己の中に潜むものからは守ってくれない
乾いた土が夕立を拒めないように
訪れる偶然のくすぐりが
遡っての予定調和を画策する
――さあ裏切りの準備を
かつて忌み嫌い
追放したものの死体が
中心から浮かび上って
その手があなたを内から突き破る
抗わないで委ねなさい
頑に閉ざしていた貝が開けば
美のウェヌス ならぬ
血のカーリー
それも一驚 あいや一興 さあ
舌を伸ばして笑ってごらん





詩だけ残して

あなたは刻々と脱ぎ捨てる
至極当たり前に

抜け殻を集めて
並べてみる それは

光を透かし また返し
影を映し また歪め

微かな相克に震えつつ
薔薇のように刻々と

あなたは脱ぎ捨てる
見えない果実に至るまで




                  《2020年7月25日》










自由詩 早贄 Copyright ただのみきや 2020-07-25 20:45:54
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