ドジョウの話
道草次郎

心奪われる詩、とりわけ自由詩のそれにかんしてはだいたい数行読んだだけでピンと来て、後頭部から頭のてっぺんにかけてスッコーンと何かが抜けるものだ。

しかし、なかには例外もあり、これが不思議なところではあるのだが、最後まで読んでみないと分からない作品もある。

作品の評は人様々だ。読み方は本当に色々で、一人ひとりが持ち前の荷物に腰を曲げ、そのままの姿勢でもってそれを読んでいる。

あんまり重い荷物なら屈みすぎた状態から上目遣いで見上げるようにして読むわけで、それはそれなりの読み方を成すわけだ。
逆にリュックには軽石ぐらいしか入ってないよという人だって実際にはいて、またそれはそれで面白いと思うのだが、そんな人の読み方はやたら上方からのものだったりする。
それは、地面におちた小石でも眺める様な具合になるかもしれない。
時々その小石に何匹もの蟻が這ってきて気を散らす、なんていう横槍も入ったりする事だってあるだろう。

つまり、角度によって見え方は数えきれない。
なかには、読んでいる途中でバッグの中の石灰岩がいきなりタングステンへと物質転換をして、後ろに仰け反ってしまい読むどころではなくなる事だってあるかもしれない。

それで、詩の事に話を戻すのだが、最後まで読んでも分からないとか全然良くないとかそんな詩はたくさんあって、もちろんぼくもそんな詩を書く者の末席に連なっているのだが、とはいえ、どんなダメそうな詩もぼくにとっては、じつはナンバーワンだ。
昔、オンリーワン何とかという歌が流行ったけれど、オンリーワンじゃなくて、ナンバーワンだ。

おいおい何言ってるんだ。そりゃ、どだい無体な話じゃないか言われそうだけど、良作かそうでないかの基準の話をしているわけではなく、詩の向う側の話をしている。

べつに作品と作者の関係性とか、あいつはあんな生活をしているからこんな詩を書いたんだとかそういう話ではなくて、野に、或いは人間の棲むこの荒野へと放たれた詩のことを考えている。







むかし夏休みに近所の小川にドジョウを放流したことがあった。その前日、捕まえてきたドジョウたちは誰のものか、それを一晩かけて思案したあげく幼いぼくが出した結論は、誰のものでもない、だった。

父は趣味で、金魚やデメキンやメダカやミドリガメ、それどころか、いつの間にか汚れた水槽のへりにごびり着くように棲息し始めたタニシさえも飼い育てていたのだが、ドジョウにかんしては普通の水槽で飼えないという制約でもあったのか、その処理についてはぼくに一任されてしまったのだ。

まあ、結論と言うと大げさで、子どもなりではあるが、さも立派な倫理に照らしてそれに至ったように聞こえるかもしれないが、そのじつは、ただ単に手に余ってしまい、もう面倒になっただけなのかもしれない。

ぼくは一晩ずっと、いや、やっぱり子供だからたぶん12時までには眠ってしまったろうが、それまではずうっとドジョウを眺めていた。

ドジョウはドジョウだった。
にょろにょろとお互いの体を絡め合いながらバケツの中で動いていた。

バケツの前で便所座りをしながら、気持ち悪いなぁとかお前へんなヒゲ生やしてるんだなーとか呟きながらも、ドジョウに触れるや否やそのどぅるっとした感触にすぐ手を引っ込めたりしたものだ。

話の脱線をもう少し我慢してもらえたらありがたい。

ドジョウを放流したその時ぼくは言い知れぬ感動を覚えた、というような事はもちろんなくて、せっかく捕まえたのになんだよこの微妙なキャッチアンドリリースは、ぐらいにしか思わなかった気がする。

バケツという極小の溜池から解放されたドジョウたちはたしかに嬉しそうだった。小川の下流へと、それが本来のあり方であるというささやかな主張と共にドジョウは泳いで行ってしまった。

いきなり背後から声をかけられてビクリとして振り向くと、そこにはJAの帽子を被った知らないおじさんが立っていた。
何やらドジョウの事を言っていたようだったが、その時のぼくが覚えているは、そのおじさんが子供のぼくのことを「ねえ、僕」とか「僕、どこからきたんだ」とかやたらぼくのことを「僕」呼ばわりした事だ。
初めて年配の女の人以外から「僕」と言われた当時のぼくは、奇妙な狼狽を感じ、このおじさんはもしかしたらオカマなのかもしれない、などと思ってしまったものだ。子供とは時に不可解かつ残酷な印象を大人に持つものである。

おじさんはしかし去り際にこう言った。「こないだ、おらちの子供もドジョウながしてたぞ」おじさんの話を黙ってきくばかりの、無口で人見知りの少年は、へぇ、ぐらいにしかその言葉の意味を考えなかった。







詩の話である。詩はドジョウかもしれない、というヘンテコな話をすすめても構わないだろうか。

ぼくは持論などというものをこれまでに持ったことがないし、これからも持つことはないだろうが、一つここはぼくの話に耳を傾けてくれている人の事を信じよう。
ぼくには、批判されることすら耐えられそうにない心のぐらぐらした日が時々あるので、まったく心配なのだ。そういう自分を恥じてもいるのだが。

詩には本当に色々な読み方があると思うというのは先程も言った通りだが、すでに書かれた詩は誰のものでもない、という仮説をここに立ててみる。

こういう事を言っている人は他にもいて、心強くもあるのだが、ぼくはそれをドジョウになぞらえようとしているだけかもしれない。





民事訴訟とか、刑事責任能力の有無とか、GDP成長率の下降修正とかそんな言葉で溢れる世間にぼくらは暮らしていて、毎日どうにかして生活する糧を得ようともがきながら生きている。または、生きようとしている。

ぼくらにとって荒野はとても身近で、憂鬱はそこらへんの自動販売機でも売っているし、市役所は絶望の申請所、交差点はいつも戦争中だ。ショッピングモールの陳列棚にはため息が並んでいる。

たいていの営業マンは辞めたそうだし、宅急便の配達員から借りるペンは高確率で湿っているし、みんな朝よりも夜が好きで、夜になれば夜も嫌いだと言っている。

だから、いつでもこの荒野は、もちろん本当のあの寒風吹きすさぶ荒野とは一切似つかわしくなどなく、どこか偽物じみたテーマパークかテーマパークのパクリのテーマパークみたいだ。




詩は誰が書くのか。人間である。ぼくたち一人ひとりが生活の中でつかんだ一瞬の輝き、日頃から胸に想いためていた感性のひとまとまりを紙や電子媒体に刻みつける行為、それが詩作であるとする。

そしてそれを読むのもまた人間だ。インクのか細い線や画面上のドットが網膜をとおして視神経へと伝わり、奇跡的にも意味という果実を結ぶ、そのとき人ははじめて読むという行為に達するというわけだ。


詩はまさに人間と人間とに間に横たわる荒野を渡ってきて、それぞれの眼に出逢うのである。


ドジョウもまた、同じだった。
上流の何処からか泳いできたところを網で捕まえられ、バケツでしげしげと眺められたのち川へと返される。おじさんは言っていた。自分の所の孫も川へ戻したよと。

たしかに巧みな詩的表現には絶妙な効果があり、作品の質を上げより味わい深いものにする力がある事は認めるし、直感的に度肝を抜かれるほどの強烈なパワーを感じる作品があることも否定しない。



けれどもなお、ぼくが詩を読むさいにもっとも大切に思いたい事は、こちら側とむこう側をつなぐ橋に思いを致すこと、それだけである。



バケツの中のドジョウをじーっと見つめ続けた子供の頃の自分が、けっきょくはそれをもとの川に戻したように、詩もまた、世間という荒れ野に解き放ってやりたくなるのだ。


そうやって、何か大事なものが循環のなかへと再びとけこんでゆくことは、ぼくには何か途方もなく善いことのような気がしてならない。
たぶんそれは錯覚に違いないけれど、ぼくにとってその錯覚はとても巨きな祝福なのである。

どんな詩にも、それに相応しいじゅうぶんな素晴らしさがあるのではないか。

そして記された詩は、いったん作者の手をはなれたらもはや誰のものでもないのではないか。

そういう見方、そんなほとんど楽観的ともいえる態度は、本当は馬鹿らしいのかもしれない。
しかし、こんにちのぼくをここまで押してきてくれたのは、どんな時だって根拠のない楽観性だった。


こちら側とあちら側の不器用な握手。詩に、ふんだんにこの心を預けたい。
今はただ、そんな風に思いたいのだ。



ぼくとあなたが今この瞬間を同時に生きているのなら、さらに孤独であるとするならば、尚更、きっと全ての詩は優しく寄り添ってくれるはずだ。




*おらち=北信濃の方言で「私の家」という意味









散文(批評随筆小説等) ドジョウの話 Copyright 道草次郎 2020-07-25 00:24:12
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