世界中のさよならの鐘をふたりで
ホロウ・シカエルボク


フォー・ビートが沈み込んでいく
目録のない夜の隙間
非常階段の泣声
男か女か分からない

カルヴァンクラインの残骸
浴室に注射針
充血した瞳が
最期の瞬間に見たものは

あなたは間接照明のように
世界を偽装する
わたしは
穏やかな暗闇を気にして
ずっとマグライトを手元に置いている
細やかな嘘が歴史になるのなら
わたしたちは混じり気のない水晶になれるでしょう

雨がどこからか土を連れてきた舗装道路で
スクーターがスリップする
ガーベラかなにかのイラストのついた
ジェットメットの女の子は
短い生涯をずぶ濡れで終えた

取りたくない電話の
コール音は小さい
フォルムは夜に紛れてしまう
ただひたすらに根気が
届かない手を伸ばし続けている
もしもし、もしもし
わたしはコネクトせず
返事だけを繰り返す

大きな橋の上で
ずっと
川面を見つめている
挙動のおかしい大柄な男が居た
口の中でずっとなにかをつぶやいていた
それはきっと
聞こえても理解出来ない類の言葉だっただろう
ずっと首を傾げている彼は
呪いをかけられた動物のような
幼さと哀しさを
小鳥のフンのようにそこらにばらまいていた

大きな文具店の
ノートのコーナーのそばの
空の棚が気になって
ずっと
立ちすくんでいたのです
それに気づくことが出来たら
今夜はどんな迷いもなく眠れるような気がして
一番下の段で潰れていたハエトリグモは
わたしの視線を疎ましく感じたかもしれません

ひとは嘘をつくとき
本当のように話します
だからわたしは
どうでもいいことばかり口にするようになりました
どうせそれは床に落ちるばかりなのです

『でもね、おれは
それをひとつひとつ
拾い集めて大事にとっておいたよ
それはどんな解決にもならないけれど
おれにとっては確かにやらなければならないことだったんだ
すでに諦めかけていたのではないかと言われたらそれまでだけどね』

空地に捨てられた
人の形に黒くカビたマットレス
火葬して、埋葬して
そのままにしておけばきっといつか
ろくでもない思いのためにまた動き始めるかもしれないから

雨の日のにおいが窓のほうから流れてくる
世界は本当は洪水を待っている
呼吸のたびに始まりと終わりが
理のなかできちがいのように鬩ぎ合う
きっと、きっといつか
流れの果ての途方も無い海の上で
愚か者のわたしたちは
変わり果てた姿でもう一度出会うでしょう
知らないふりをしないでね

多分楽しみにしてるから


自由詩 世界中のさよならの鐘をふたりで Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-07-25 00:23:27
notebook Home 戻る