小詩集・そよぐもの
岡部淳太郎
そよぐもの 1
風にそよぐものが
目に触れると
忘れていたことを
思い出しそうになる
幼い者も
風に吹かれて
そちらの方へ
届かない手を伸ばして
そよぐもの 2
そよぐもののにおいを
胸のなかに吸いこむ
季節が変ったあとの
暖かいよそよそしさが広がる
そよぐもの 3
なにを思い出すのか
なにを予感するのか
そよぐものはただ
無言で風に打たれているだけで
それを見る人だけが
なにかを感じていて
そよぐもの 4
まだ心ではない
心というにはあまりにも
美しい風景であって
もう心になってしまった者たちは
自らの醜さをその前では
ひとときだけ忘れて
そよぐもの 5
そよぐものが
その動きが頬に触れた
ように思える正午
かすかなこそばゆさとともに
笑いながら人は
なにをあきらめ
なににつとめて
向かってゆくのか
そよぐもの 6
これからのことなど
これまでのことなど
どうでもいいんだ
そよぐものの前では
人はただまどろみながら
自らもまた
まぼろしのように
そよぐもの 7
そよぐものが
そよぐことを
やめた時
すべては動きをやめ
時までも止まる
まぼろしに似た現
そこから人は踵を返して
なにを探しに旅立つのか
そよぐもの 8
われ関せず
なにも知らぬのかのように
ただそよぎつづける草
ただいのちであるだけの広さ
きっと
幾度争いが起こり
その度になにかが失われても
変ることなく
永劫のように
(二〇一七年八月)