鬼灯の袋が紅く色づく頃
こたきひろし

生家の庭の隅で鬼灯の袋が紅く色づいた
その袋を裂くと中の丸い実も紅く熟れていた

季節になると三人の姉妹は競うように
きように丸い実から中身を抜き取ると空になったそれを口に含んで鳴らした

記憶がうっすらと私にはある

いちばん上の姉と末っ子の弟の私との間は十個離れていた
彼女は千九百四十五年の生まれだった
姉の下には兄がいた
私には兄との思い出がほとんどなくその関係は希薄だった

私の記憶の大半は三人姉妹がつくってくれた
三人共に弟を可愛がってくれた
とくにいちばん上の姉は母親の役目を存分に果たしてくれた

父母は畑や田んぼの仕事
冬の農閑期には山仕事で目一杯に働いていた
五人の子供を作りなからその面倒はほぼ祖母任せだった
早くに寡婦になった祖母は私が小学校にあがる頃に便所で倒れその日には息を引き取った
その時代の医療体制は遅れていて救急車などなかった

遠くの診療所から医者と看護婦はそれぞれ自転車に乗ってやって来た時には
家族の見守る中で祖母はすでに息を引き取った後だった

それから後の子供らの面倒はいちばん上の姉に委ねられたのだ

姉はその役目を実によくしてくれた
姉の下で四人は1つに束ねられたのである

そのせいだろう
彼女はまるで鋼のように心がうち鍛えられていた
芯の強い女のこになっていた

それに引き換えて末っ子の私は
体も貧弱な上に心までひ弱に育ってしまった

姉は地元の高校へと進学した
両親はけしてそれをこころよく思わなかったらしい
経済的に苦しいの一途からだった

姉は中学生の時から隣家の製麺所でアルバイトした
饂飩をはかりにのせて決められた重さだけを紙ヒモでひたすら束ねる仕事だった

高校に入ったらアルバイト時間を増やして頑張るからと両親を説得した
勿論家の事もしっかりこなす事も約束した

姉は目立って勉強のできる生徒だったらしい
そればかりかその人間が校長から評価された
卒業したら学校に残って働きなさいと言われて
地方公務員の試験に挑戦して合格した

それからは母校の図書室で仕事した

二十歳の頃に縁あって七つ歳上の人と付き合い始めた
姉は一年後には婚約した

姉が頻繁に嫁ぎ先の家に泊まるようになると私は嫉妬した
姉を取られてしまうのが辛くて相手の男に怨みこごろを抱いた
姉には一から十まで面倒をみられて育った私は実の母親よりも思い入れが強かったのだ

汚れた頭髪や体を風呂場で洗って貰ったり
その時は姉もスッポンポンだった

その時すでに姉の体は女の体になっていたのに弟の前ではばかる事は微塵も見せなかった

姉は婚約者の家に通う間に子供を身籠った
それは自然の摂理だったんだろう
産まれる前に籍をいれると嫁ぎ先の家で披露の宴をあげた

その時代はそれが普通だった

そうなっては私にはどうする事もできなかった
姉は家から完全にいなくなってしまった

産み月が近付いて来ていたある日に姉が里帰りしてきた

私は相も変わらずまだ子供だった
子供だった筈なのだ
子供だった私がそばにいたのに
姉は母親に自分の乳房をさらけ出して見せていた
いったいあれは何だったんだろう

私は盗むように姉の乳房を見た
むかしは姉の乳房を見るのは平気だったのに
そうはいかなくなった自分がいたのだ
その時
不覚にも私は股間に異変を感じた

それは袋が紅く色づいた鬼灯の袋を裂いて
紅く熟した実を見せつけられるような
甘美な陶酔を覚えた
そして興奮を否応なしに運んできた

それは紛れもなく
私が自分の姉に性を強く意識した瞬間だった


自由詩 鬼灯の袋が紅く色づく頃 Copyright こたきひろし 2020-06-06 08:55:41
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