カウントを取るにはビートが染み込んでいなければならない
ホロウ・シカエルボク


指の強張りの理由は不明だった、時間は渦のように暴れながら不均一に流れ、少なくともここからでは確認することの出来ないどこかへ静かに落ちて行った、午後になってから隠れた太陽は結局そのまま今日の役目を終え、昨日までとはまるで違う少し肌寒い夜が訪れた、いつの間にか暮れていた空を見つめながら俺はひとつの啓示を得た、日常とは、覚悟を求めることのない変化―それが本当はどんなものについて話しているのか、俺自身にも釈然としなかった、日当たりは悪くないがカーテンを閉じたままのこの部屋では、一日中蛍光灯が明かりを落とし続けている、いつでもなにかペテンにあっているような気分が消えないのはもしかしたらそのせいなのかもしれない、あるいはそれはいまいちばん早く用意出来るもっとも安直な結論というものなのかもしれない、本当の理由はいつだって落とした硬貨を拾うようには手に入れられないというわけさ、朝からずっと同じ音楽が流れ続けていた、その日特別聴きたかったものというわけではなかった、ただ、それを何かと交換する理由がなかったというだけのことだ、特別なこだわり以外はだいたいそんなふうに進行していく、これは理解しておいて欲しい、時間は、基本的にはどぶに捨てられるためだけに歩みを止めないでいるのだ、二度と取り戻せないものだからって、すべてがかけがえのない時になりうるはずもない、言い換えればそれはつまり、俺たちは無駄の中に放り込まれているということになる、そしてそれには覚悟は要らない…けれどその流れの中でなにかしら、明日を迎えるための理由を手にしようと思ったら、覚悟がないことにはやっていけない、人生とは矛盾するものだ、整合性など自己満足に過ぎない、ぴったりと合う結合部位など世界中探しても見つからない、だから様々なギミックのもとにある程度の誤差は容認される、もう一度言う、整合性など自己満足に過ぎないよ、それは草ぼうぼうの空地を見て、「誰かがこれを刈らなきゃいけない」と結論しているようなものだ、それは何の解決にもならない、まるで正論のように思えるけどね―正解とは結果として成り立つものでなければならない、世界はだんだんとそのことを忘れ始めているみたいに見える、けれど俺はそのことを忘れることはないだろう、そうして無数の無駄の中を潜り抜けて来た、だからこそ人は何かを手にすることが出来る、俺はまだそれを手にすることは出来ない、けれど切符を手に入れるくらいのことは出来ているはずだ…勘違いして欲しくない、俺が欲しいのは現実的な、あるいは庶民的な成功のことではない、それは俺自身の新しい場所に過ぎない、俺自身が俺自身のままで、どこまで行くことが出来るのか、俺が知りたいのはいつだってそのことさ、訳も分からず手を付けたことが、訳も分からず惹きつけられた何かが、回を重ねるごとに見えてくる、回を重ねるごとに霧が晴れてくる―それは昔考えていたこととはずいぶん違うものだし、もしかしたら昔考えていたこととは段違いに大きくなっていて、そして見え辛くなっている、でも俺は確実にそれが何なのかを理解している、去年死んだパンクスがこんなこと言ってたよ、「抽象的なものに対する抽象的な断定でもいいわけ」俺の言ってることって要するにそんな風なことさ、北に向かう人間はそこに何があるのかは分からないまま北極星を見つめ続けるだろう、例えるならそんなふうなことさ…指の強張りは次第に薄れていき、俺の手は自由になった、そんなこと滅多にないんだけどね―眠る前に何かを書かなくちゃいけない、そんな衝動は不意にやって来る、一日のうちで何かが消化しきれていない、それを促すためには脳味噌を少し派手に動かす必要がある、普通のやり方じゃ駄目だぜ、だって普通の人間じゃないからね、それが電流なら圧を上げなければ、それがアンプならボリュームを上げなければ、それが炎なら油を注がなくちゃいけないのさ、トランスさせて、肉体的に正直なところから溢れ出るものをひたすらタイプするんだ、それが俺の覚えて来た芸当であり、真実さ、だから並べられる言葉に意味なんかあまりない、それよりも大事なものがいくつもある、ストリート・アートみたいなもんさ、そこに描かれてる内容よりも、そこに描かなければならなかった衝動自体がテーマなんだ、これはあくまで俺個人がそう思ってるっていうことで聞いて欲しいんだけどさ、表現っていうものは衝動でなければ有り得ない…インテリが机の上で理屈をこねくり回して作ったものには何の意味もないよ、だってそこには心を動かす素材なんかひとつもないからね―ああ、紳士淑女諸君、気を悪くしないでくれたまえ、俺は、知識に頼ることはない、俺は、経験に頼ることはない、俺は、主題や、心がけに頼ることはない―俺はいつだって、それを残そうとする俺自身であろうとするだけのことさ、それって凄く大事なことだぜ、だって、自分自身であって初めて、人は何かを語ろうとすることが出来るってもんじゃないか―?



自由詩 カウントを取るにはビートが染み込んでいなければならない Copyright ホロウ・シカエルボク 2020-05-21 22:06:45
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