六つのこと
こしごえ


 散歩をする
 腕時計の竜頭をねじってぜんまいを巻いておく
 六時零分のころ
 あいさつをすると
 忘れていたことがぐうぜん戻ってきて
 あいさつをする

 そよそよ風は
 光を通り 思い出す
 むかしの傷は
 心を通り この大切な悲しみと
 わたしは
 この道を通り 帰る

 深く青いインクは愛用万年筆の心臓を通って出てきて
 つやつやとした愛用万年筆が
 しゅるしゅると言葉を しるすと
 ノートの紙は青い文字でみたされていき
 わたしの魂が紙に定着する すると
 わたしはもうここにはいない

 わたしの墓石に春の雪が
 ぴたんぴたんとして
 耳はかたむいてつめたく
 つめたくかたむいて視線は
 宙へ泳ぐ
 けれどもおちつくように目をつむる

 わるいことも
 いいことも
 ここにあるから
 半分位 影の月へ
 ほほえむ
 半分位 あなたに映るわたし

 昨日のことよりも
 明日のことよりも
 今日のことだ
 と誰かが言った
 誰かのわたしは今日も
 命に命を支えられている




自由詩 六つのこと Copyright こしごえ 2020-04-23 14:07:38
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