方舟ふたたび
もとこ

ある日
雨が降りはじめた
それは400日やまない雨
すべてをリセットする雨だ

しかし
世界の富の大部分を独占する
大富豪や権力者たちは
事前にその情報を得ていた
途方もない金額で神から買ったのだ
彼らは自分たちが生き延びるため
密かに超大型の方舟を建造した
それに乗ることができるのは
彼らとその家族や愛人たち
そして全ての動物のつがいだけ

神への情報料よりも
さらに巨額の費用をかけて
100日後に方舟が完成すると
選ばれた人間と動物たちは
こっそりと舟に乗り込んで
その巨大な扉を固く閉ざした

それから間もなく
空から最初の雨粒が落ちてきた
雨は次第に激しさを増し
やがて凄まじい豪雨になった
雨は神さまの情報通り
何日も何日も降り続けて
あらゆる川が氾濫し
さらに海面が上昇をはじめた

方舟の乗客たちは衛星カメラを使い
残された人々の様子を見物した
彼らは高層ビルや山の上に逃れ
場所や食べ物を奪い合い殺し合った
乗客たちは酒を飲み肉を食いながら
面白そうにその有様を見ていた

しばらくするとビルや高い山も
すべて水の下へ沈んでしまった
ほんのわずかな人たちだけが
浮遊物につかまり生き残っていた
方舟のすぐ近くにも
何人かが流されてきた
衰弱した彼らは必死の形相で
方舟に手を振り助けを求めた

方舟の乗客たちは窓を開けて
まるで動物園の動物たちを
柵の向こうから見るように
漂流する人々を眺めていた
赤ん坊を背負った母親が
「この子だけは助けて!」と
絶叫しながら沈んでいくのを
馬鹿笑いしながら指さした

雨は神からの情報通り
400日後にピタリとやんだ
久しぶりに青空が見えた朝
方舟から一羽の鳩が放たれた

数時間後に戻ってきた鳩は
オリーブの葉をくわえていた
みんなは吉報だと喜んだが
その翌日、鳩に触れた男が
高熱を出して呆気なく死んだ
それが終わりの始まりだった
乗客たちは次々に高熱で倒れ
恐怖と混乱の中で死んでいった

最後の1人が絶命した後に
方舟は大きな島に漂着した
そこでは復活した草木が生い茂り
美しい水が流れる大きな川があった

神が「開け」と命じると
方舟の巨大な扉が開いた
中から降りてきた動物たちは
ライオンもトラもヒョウもタカも
すべてが草や木の実を食べながら
仔を生み数を増やしていった

雨がやんでさらに400日の間に
水は少しずつ引いていき
動物たちがいる大きな島は
ひとつの巨大な大陸になった
その頃にはすべての生き物が
以前の食性を取り戻して
新しい世界に満ちていた

「これで良し」

神は満足気に微笑まれた


自由詩 方舟ふたたび Copyright もとこ 2020-04-21 08:46:27
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