女王のネックレス
狸亭

インド最大の商業都市ボンベイ
高級ホテル 三十五階建てオベロイタワーの窓から見下ろす
女王のネックレス

アラビア海に沿うて
ゆるやかに湾曲してはしるマリンドライヴは
女王のネックレスと呼ぶにふさわしい

暗いインドの闇の底に
大粒のダイヤモンドか真珠のようにきらめいて
女王のネックレスは美しいが

夜明けとともに ネックレスは消え
街には混沌が渦を巻く
ここはゼロの世界なのだ

海岸沿いにのびてゆくのは
貧困の巨大な首飾り
痩せ細った身体にまとわりつく汚れた布切れ

人々はそれでも生きている
家とよぶにはあんまりな棒のようなものが立ち
そこにビニールや襤褸切れが張ってある

一日2ルピーで暮らしているのだと言う
女と子どもがやたらに多い
たちのぼる砂埃の中を走り回る幼子たちの歓声

広大なインドには九億の民が暮らしている
極端な富と 極端な貧とが 混在している
だからゼロの世界

日本人である僕などは どうしていいかわからない
夜毎女王のネックレスを眺め
昼は貧困の首飾りを見つめながら通りすぎて行く旅人は

見るということは何だ
見たということは何だ
僕は見る ただただ見るばかりで

飛行機に乗ってしまえば消えてゆく
女王のネックレスも
貧困のネックレスも。


自由詩 女王のネックレス Copyright 狸亭 2003-11-22 07:40:50
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