原始人魚
ただのみきや

白い螢の舞う朝に
人魚たちは孵る
顔の裂け目から一斉に現れて
辺りの言葉を食い尽くす
囁きも擬態語も残らない
煽情の尾鰭 くねり
思考のすべてが
白い泡に包まれる


望遠鏡の前に遺書がある
紙ナフキンに記された
自動筆記も象形文字
片目だけがロケットに乗って
彼岸の星へ突き刺さる
  ヘレネーの首
日蝕の 微かな
 業火が縁取る
   カーリーの首
  接眼レンズの外では
   冬田の鷺のように他者だった


食卓を歩く遠い人影
脚に絡まる地吹雪は
かつえた人魚の踊り
 分解した時計の針で目を突いた
こどもの眼帯だけが赤く咲いている
 頭の奥からガムランが響く
凍てつく海を渡る
狂った蝶の羽音を咥え
微笑む人魚を 懇ろに抱いた
 胎に宿した真珠は
満ちも欠けもしないで固く閉じ
 眼差しを投げ返す
  耳朶に纏わる幻聴を揺らしながら


血なまぐさい初物として
人魚は一斉に食される
家々の食卓に
 会話と咀嚼音が湧き上る
  クロッキーによる抒情性から
乖離して
 原始的宗教へ
      回帰したこどもたち
           手ぶらで越境し
     なにかを拾って来るが
   気づかないまま
      なにかを失くしてもいる
 絵画の中の遠近をまさぐりながら
 古びた皮袋の中 海は
   瞬く間に押し寄せて
       また引いて往く


うす紅の鱗に耳を乗せ
 風下へ流せば
   なにかに誘われ欹てながら
       青白い絃を震わせた
骨だけになって動かせない手
それが言葉だった
カーテンもなく開け放たれた窓から
全身骨格の標本が見える
したり顔の虚無が神の振舞いをする

 
肥大して
  爛熟した
    幼児神の
   仰け反る頭が
     ぼとりと落ちる


からだは文字へと変わり
文字もまたからだを得る
退行を重ねながら
  海へ帰る
 わたしを生み
   わたしを喰らい
 わたしと契り
  わたしが喰らう
そうして孵り
  わたしの海
      共に還る

   
だがそれらすべてが
冷やかな蒼天に吊られたまま
干乾びて往くだろう
鏡の鱗で眼を裂いた 今
薄暮の茫漠を手探りで描く
       異端の巡礼
         物乞いは歌う
           誰もいない




                  《原始人魚:2020年1月5日》










自由詩 原始人魚 Copyright ただのみきや 2020-01-05 13:53:06
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