201912第三週詩編
ただのみきや

 *

貧しい子どもたちのモノクロの微笑み
冬の頼りない日差しに委ねる頬

悪意は悪意のままでだけ美しい
信じることと騙されることが同義となった今

焦点は暈されたまま
クシャクシャに丸めた情緒がゴミ箱の周りに溢れている

見知らぬキスがひとつ
深く切り裂かれた皺に降る

かつて河があった荒地を測量している
恣意的なコンパスと吊るには良い計り縄



 **

言葉は音と意を持つ
だから詩は楽器を奏でるようにも
絵画を描くようにも書ける
なにかを題材にしようと
見つめれば見つめるほど
映り込む己
ガラスの曲線に歪んだ幽霊の顔



書くことで絵画を音楽にする
読むことで音楽を絵画にする



 ***

文字を持たない民族の
言葉は記号ではなく信号だった
憶えられ
伝えられ
受け継がれる
民族の記録以上の
記憶として
絶えず蘇る
言霊の響き
すべては詩的であり
詩は書かれることなく
詠まれることすらなく
呼吸のように会話の中に立ち現れた
子を諭す親の口から
寝屋の男女の睦言から
火を囲んだ男たちの自慢話から
それでもやはり
人々を魅了する語り手歌い手はいた
その口から発せられたことばを
皆が借り受け
自らの口で発してみたり
神へと捧げられ
特別な日に皆で聴くものとなったり

最もかけ離れたところにいる
わたしは進化論を否定する
神話を愛しながらやはりそれも否定する



 ****

神話は今の世界の在り様を
遠い昔の神々の奔放な振舞いによって説明する
過去が現在に繫がっているのは自明だが
その過去が現在(神話が書かれた時代)の創作なら
現在が過去を創作し
その創作により現在の在り様が
ある種の諦念も含め受容せざるを得なくなる
権力の正当性や国の安定などの意図もあり
口伝の昔話などが編集されて
ある程度体系だった神話は形作られる
そう ある程度
神話は宗教とイコールではないから
神学を持つ必要がない
つまり論理性も倫理性も
それほど重要視はされていない
神話は地域や民族に属するもので
それらを越えて布教する必要性がないのだ
(実際には征服した民族とされた民族の神話は
様々な形で混合するのだが)
同じ山脈や同じ河 気候風土 同じ食生活
それらを共有する人々が神話も共有する
普段それは遠い昔のお話でしかないが
祭りの日は特別で
その地域ごとに聖別された場所が設けられ
神代と現代が交錯交感する

いつしか神々をモチーフに
二次的三次的な物語が生まれ
それらを主題に絵や彫刻 
音楽や詩も生まれた
神話はむしろ宗教よりも
芸術のアイコンとして
国境や民族を超えて往く

神話という文学のかたちがある
すでにある古典のことではなく
今あるこの世界や自らの魂の在り様の謂れを
奔放自由に解き明かし
ある程度の諦念も含め受容するための
過去を創作すること
論理にも倫理にもとらわれず
自己の存在の正当性(せいぜいが妥当性か)
わたしがわたしであるための
極めて個人的な神話
詩を書き続けていると
自らの中に繰り返される元型
祭りのようなものがあるのに気付く
性を称え 生と死を包含し 
汚濁を集め 清流へ流し去る

わたしは神話を愛する
相殺する憎しみと共に



 *****  

一字一句
あなたを辿る
跳ね上る音
起き上がる意味
深く刻まれた溝
凹凸を
繋ぎ目を
目が舌先が指先が
鋭い先端が
問うように
行きつ戻りつ
図りかね
訝しむ

わたしは目を瞑り
幻を抱き寄せる
あなたではなく
わたしの中に生まれたあなたを

ことばはこころのなんでしょう
明確に定義できるものこそ仮象
混沌が秩序の母ならば
やがて溶けるようにそこへ還る

わたしたちは一枚の古いレコードを聴いている
同じ針が同じ溝を辿っている
変更もなく忠実に再現される歌声は
聞く者の心の数だけ姿を変える



 ******

白拍子 シェイクスピア
何者でもあり何者でもない
詩人 言葉の俳優
演技にのめり込み現実となる

冷たくされたら直視できる
愛はいびつで不格好
生の祭りの即興劇
不可知の真実が生み落とす残酷の美しさ

眼裏の残り火と風の間
怒涛のような静寂
果てしなく広がって
薄められて往く

しっとり包み込む闇に
光は 色となる
画家よりも素早い
最古のものは最新を凌駕する



 *******  

光は神の眼差し
見ることは光に依存する
だが夢は三重の帳の下
闇に依存する 闇は
誰の眼差しか



 ********

人々がいとも容易く死んで往く
過ぎ去る早さは
遠いほど早く
近いほど遅い

エントロピーの海を漂う海月は
真昼の月を鏡の中の虚像だと思う

夢が現に囁いた
「おまえは虚像に過ぎない」
御菓子の包み紙だけが幾つも落ちている
それもすぐに風が運び去る

死とニュースが競争する
後のものが前のものを消して往く
死が死を相殺するかのように

ニュースにはならない
身近な死だけが
いつまでも側にあって動かない



 *********

サルナシの汁 舌から喉へ
うららかな日差しと樹木の陰影
あなたの瞳の光沢を滑り景色は回る
どの小路も木陰もすべて繋がらない
空すらも固く閉じ
世界は生まれないまま卵の中で老いる

見定めようとする 心は
風が抱く空白のトルソー

卵を割って食卓に乗せる嘘
あさはかさと儚さに熱が通るころ
大切なことが抜け落ちたまま
ニュースが人々を無色に染め上げる

あなたの胸に揺れる
ペンダントトップはパズルの一ピース
色と形が気に入ったと言う
全体像を思い描くことはない
たぶんい つまでも
欠片が全体だった

わたしの一ピースは
違うものに属していた 明らかに











自由詩 201912第三週詩編 Copyright ただのみきや 2019-12-22 19:19:03
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