砂の中のスイム、充血した水晶体、それから脈絡のない明け方の夢
ホロウ・シカエルボク


無頭症の胎児の寝息が内耳で呪詛になる日、罫線の中の鉛筆の芯は血のように赤く、「ねえ君、亡霊はきっと足音を立てないのが正解」と、置手紙の文面にあるのは、手を振るよりもずっと痛みに満ちたさよならの意思で、古い瓶の中いっぱいに詰め込まれた果実は甘い酒になり損ねた、何が原因なのかどこの誰にもきっと理解出来ない、消失の方が愛おしく思えるのは仕方のないこと、窓に張りついた闇は無口なまま殺意のような視線を送っている女のようで、急いで飲んだ珈琲に焼かれた喉は呼気にノイズをちりばめる、シンクの中のたったひとつのマグカップ、その底に、言いそびれた言葉のようなほんの少しの水滴、換気扇は歯軋りしている、冬の風が強過ぎるせいだろうか、テレビはいつだって字幕だけが有効な伝達の手段、魅力に満ちたもの言わぬアティチュードはみんな、無関心のごみ箱の中へ廃棄されてしまった、誰もその中を改めない、だから誰もそのことに気づかない、とうの昔に捨てられたそれが少しも腐敗していないことに、悪い耳打ちをされて目つきがおかしくなった女、素直さは決して美徳ではない、打ち砕かれて初めて開かれるまなざしがある、パーソナル・コンピューターは、だけど、個人の為だけに生きることはしない、繋がれたままの通信、アクセス以上のコンタクトは稀なこと、キーボードで孤独を忘れられたりするはずがない、穀物の種のように文字がばら撒かれてゆく、僕は言葉とだけ話すことにした、不快?痛快?どのみちこちらには関係のない話、ただひとつひとつ、空白を隠していくだけ、けたたましい子犬の鳴声、眠りの準備を始めた街角の短めのディレイ、上手に打ち鳴らされる硬度の高い金属みたい、星空にはいつも帰り道がある、失礼、もう一度繰り返してください、覚えられないのはきっと違う居場所を求めているから、いつもの角のいつもじゃない道の先には、見慣れた場所よりずっと新しいものばかり、そんなことを誰もが考えているからあちこちの軒先に行列という名の生きものが生まれる、誰かの背中を見つめ続けることにどんな種類の葛藤もしない人たち、群がる影の多さが価値観を構成する、残された皿や売れ残ったシャツなんかが、味気ない処刑のようにどこかへ姿を消す、幻想の大量生産、ヒット曲は宿題のドリルみたいに優しい、名前も知らない汚れた股間の触れ合いの後ろで、そんな音楽が延々と垂れ流されている、まどろっこしい、たった一度のやりとりでは決して伝わらない、そんな懸命さはもう愛だと呼ばれなくなった、泥だらけの様々な性器が、オリコンチャートの傘をさして真剣さを笑っている、ライブハウスのリハーサルの振動音、それは、ただのボリュームじゃないって、まだどこかで信じたい思い、叫びを信じる、欲望を信じる、おいそれとは手に入れられないものこそを信じる、血の高ぶりを信じる、鼓動の鳴り方を信じる、踏みつける地面の熱さと冷たさを信じる、雨の冷たさと風の強さを、とめどなく溢れ出す言葉たちを、自分の身体と同じ体積の入れ物を作りたい、同じ瞳を持つ誰かと新しい詩を始めるために、仲間なんて必要じゃない、ひとりで立つ場所があれば加速度は生まれる、矛盾なんて考えない、人生には筋道などないものだ、漫画社会に生まれたあの人は、ページをめくればきちんと続きが書いてあるものと考えがちだ、同じページが続くだけだよ、同じページがずっと続いて行くだけなんだ、いつ終わるとも知れないループの中で目を凝らしていると、時折渦が途切れるのが分かるだろう、だからそう、盲目にだけはなっちゃいけない(これは視力の話じゃない)、ふっと目に止めた景色だって、永遠のように生き続けることがある、特別な話じゃない、ただじっと見つめていればそのことには気づけるはずだ、必要なものを見つめるためには、そうでないものも視界に入れなければいけない、そこから先は果てしない疑問符と解答の繰り返し、ほら、気づいたらもう眠る時間だ、頭の中にあるたくさんのことを、枕元に投げ出して目を閉じてしまえばいい、知らない時間がたくさん過ぎて行ったところで、心臓が血液を循環させている限りまた明日すべてを目にするだろう。



自由詩 砂の中のスイム、充血した水晶体、それから脈絡のない明け方の夢 Copyright ホロウ・シカエルボク 2019-11-24 22:45:16
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