初香、琴葉からの手紙
コタロー
愛する由梨絵さんへ
水坂由梨絵さん、今は杉谷由梨絵さんになりましたね。幸恵さんから届いたお手紙で、あなたが幸
せであることを知りました。わたしたちも優しい養親になった蒼太郎様のもとで楽しい日々を過ごし
ています。わたしたちの住んでいるところは都会の郊外ですけれど、そのお家は山荘に似た造りで大
きな書斎があります。志岐蒼太郎様は、大学の教授をされているからでしょう、とても難しそうな本
が書棚に並んでいます。でも、子どもにも読める本をあらかじめご用意して下さっていました。その
中でも、ディケンズの『骨董屋』に、わたしたちは泣いてしまいました。
蒼太郎様は、とても教育熱心で、わたしたちを教師にならせたいみたいです。わたしたちが教師っ
て、自分たちのことながら思わず笑ってしまいそうなのですけれど、お父様の期待にそえるように、
初香、琴葉ともに勉強に励んでゆくつもりです。
実は、わたしたちの部屋にもピアノがあって、ふたりで毎日、楽しく弾いています。わたしたちの
お気に入りは、やはり『アヴェ・マリア』なのですけれど、最近、『アランフェス協奏曲』がとても
好きになりました。もともとはギターの曲なのですけれど、それをピアノに編曲した楽譜を蒼太郎様
のお友達から頂いて音を奏でてみると、なんて素敵な響きで、毎日、ふたりで練習して眼を閉じてい
ても連弾ができるようになりました。もちろん、由梨絵さんのように鍵盤に指が触れただけで周りが
瞬く間に光あふれるところに変わってしまうようにはいきませんけれど。
佑之輔さんも、大学が休みの日にお父様を訪ねてきます。わたしたちの前の佑之輔さんは、明るい
冗談を言って笑わせてくれます。そのおかしいことって。でも、蒼太郎様と佑之輔さんがお話しして
いる時、ふたりとも深刻な顔をしていることがあって、少し気がかりです。でも、あまり心配する必
要はないのかもしれませんね。大人の世界は複雑ですもの。わたしたちには、わからないこと。
そうそう、紫衣さんも幸せに暮らしているそうで、安心しました。
近いうちに四人で会いましょう。
では、由梨絵さんの幸せを祈っています。
初香、琴葉