雪〜バイノーラルならば雪
黒田康之

吹雪が吹き上げてきます
 私は一人でお茶を飲んでいます
木々に掛かる雪は枝に絡み、ミニチュアの樹氷のようになっています
 ホテルの明かりは白熱灯でぼんやりとテレビを照らしています
僕はその中をリフトに乗り、降りるあてのない坂を登ってゆきます
 書類を開いて、書き込めるところは書き込んでおこうと思います
頂上に着くと足下にあるはずの小屋はなくすべてが白に包まれています
 一人でいるのはつらいのでついついテレビをつけてしまいます
僕はどこへ降りてゆけばいいのかわからないまま
 ホテルの部屋は狭くて窮屈な文字しかかけません
最初の一歩を蹴りだします
 シャワーを浴びることにしました
視界のない斜面をできるかぎりスピードを出して降りてゆきます
 湯気があっという間に立ち込めて鏡は曇ってしまいました
新雪の中の昨日の楽しさの形跡に躓いて
 明日はちょっと大きな仕事なので
何度か派手に転んでもまったくのひとりきりです
 書類を仕上げなければならないはずなのに、ぼんやりと眠気がさしてきます
斜面に寝転ぶと僕は白一色の中にいて
 だから出たら書類を書きます
確かな斜度と自分の手足だけが確かにあるだけの世界にいます
 街はとても明るくて、遠くまで空はオレンジ色です
そんなことを何度か繰り返して僕は
 明日のために書類を書いてみました
またもとの麓の近似値を捕まえました
 窮屈な字で書かれた文字は私をまた眠りの世界に引き込もうとします
それは昔見た夢を思い出すように不確かな場所であって
 私は座りながらふとおじいちゃんの夢を見ました
僕はさっきまでの僕とは何の関係もない他人としてここに立っています
 香りも色も確かにあって、おじいちゃんはご飯を食べていました
僕は手袋をはずして
 私はおじいちゃん呼ばれて一緒にご飯を食べました
自分の手を握ってみました
 若布の酢の物と野菜の煮つけと鮭
それは明らかに他人の手であって
 すっかり満腹になった私はおじいちゃんからお小遣いをもらいました
吹き上げる吹雪に乗って
 もう大人なんだよって言ったけれど
私は私の頭上へと吹き上がっているのでした
 いい子にするんだよといっておじいちゃんは笑っていました
どこか知らない街の
 おじいちゃんは今も元気で田舎で畑を耕しています
誰でもない自分に向かって
 もしかしたら明日こそうまくいくかもって思います
吹雪を突き抜けて飛翔するとき
 だからもう寝ますね
僕は僕でないという思い出とともに
 おやすみなさい
僕でない時間が始まったことを知ったのです
 明日がいい日でありますように
明らかに白日夢ではない現実として
 そしてそれがあなたにも
明日からの僕の始まりになるのです


自由詩 雪〜バイノーラルならば雪 Copyright 黒田康之 2005-04-01 17:29:03
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