……とある蛙

脳の病って、人間の一部が次第に失われてゆく過程なのです。
その傍で過ごす自分も失われてゆく過程をただ見ているだけではなく
一緒に自分の一部が失われてゆきます。
君は
次第に右手がきかなくなり、
次第に右足が効かなくなり、
歩いてゆく方向が右に縒(よ)れてゆき
それを支える僕は心が縒れてゆく。

箸で食べていた君は
次第に箸ではご飯が食べられなくなり、
匙で口の飯を運ぶ。
そのうち飯を口に運ぶのは
自分ではない誰かになってゆく
一口一口おいしいかと問いかける僕に
おいしいと呟くように答える。

夜はトイレが近くなり、
2時間おきに僕を起こす。
私は眠い目をこすり、君を階段に連れてゆく
中2階から2階のトイレに連れてゆく
そのときも左足から、まず、あげて
右足は足の土踏まずに手をねじ込んで
右足を1段上まで運ぶ
それの繰り返しを何度もしている間に君は漏らしてしまう
あ~っと悲しそうな声を出して君は僕に訴える。
トイレにつくとズボンとおむつを脱がし
とりあえず便座に座らせて用を済ます。
君は悲しげだ。
僕は気にするな、病気じゃないかと励ますが、
君は首を横に振る。
そのころ毎晩繰り返す夫婦の会話

声を失った日、君は音のない声で助けて!と言った。
それが最後の夫婦の会話。


自由詩Copyright ……とある蛙 2019-06-19 14:48:32
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