女の名前は恵美と言った
こたきひろし

男は、どこか母親に似ている女に自分の遺伝子を遺したいもの
らしい。
kが大柄な体より小柄な女ばかりにひかれてしまうのはそのせいだろうか?

kの父親は大柄で筋肉質。胸板は厚く肉体労働に従事していた。
性格は短気で我儘で自分の思い通りにならないと激昂してしまう事がままにあった。比べて母親は小柄で性格は大人しく従順だった。
その正反対が、男と女の相性を繋ぎとめる強力な接着剤の役目をしていたに違いなかった。
父親は酒好きで、大酒飲みで家庭内で酔っ払うと家族を相手に暴力に走る傾向が顕著に現れた。

子供はKを含めて五人いた。最初の子供は終戦の年に生まれた。それからKから生まれる迄に十年の歳月がかかった。
いわゆる戦後の混乱期で食料不足と貧困に大半の国民が苦しんでいた。

父親は戦時中に亜細亜大陸に出征した。召集令状でお国に持っていかれた一兵隊だった。無事に生還を果たしてくれたからKは生まれる事ができた。

kは五人の子供の最後に生まれたが、父親に対して甘えた気持ちを抱いた事はなかった。
父親は戦争の地で果たして何人を殺したか?
生還と引き換えに?
その疑問がいつもKの心に燻って消えなかった。
が、それはけして訊いてはいけない事と子供心にKはわかっていた。
そして父親の口から戦争が語られる事は一度もなかった。

戦地から生還した男はその遺伝子を一人の女の体に遺す事に何の躊躇いもなかったのだ。
食料不足と貧困の中でその性欲は衰える事はなかったのだ。

その年にKは三十代なかばになっていた。
三十代なかばながら童貞だった。恥ずかしながら女を知らなかった。
笑わないで欲しい。
Kは醜男の類い。加えて女々しい男。
女は皆、避けていった。

奇跡的に近づいてきた女がいて恵美と言った。小柄で可愛い顔をしていた。
十歳年下でいつも短いスカート穿いていた。
その時Kは恵美の胯間の奥を偶然見てしまった。
何事もなく装ったら、すかさず恵美に言われた。
「kさんあたしのパンツ見たでしょ?」
「いや見てないけど」
kは答えた。
「誤魔化さなくてもいいわよ。怒ってないから安心して」恵美が言った。「ちゃんと見ていいよ。見るだけなら減るもんでもないから」
悪戯っぽい眼で小悪魔のように。
言った。
まるでそれを楽しむように。
両の脚を開いて見せた。


自由詩 女の名前は恵美と言った Copyright こたきひろし 2019-03-24 01:04:45
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