天変も大地の異変もなくて
こたきひろし

天変も大地の異変も起こる事なく。
一見、平和に穏やかに過ぎていく日々。

リモコンのスイッチをonにすれば、映像と音声が垂れ流される。television。
垂れ流されているけれど、眼も耳もほとんどそれを意識していない。
いなくても、映像と音声の垂れ流される空間にいないと落ち着かない。
夫婦同士の会話。キャッチボールが弾まなかった。
リビングのテーブルの上には飲料水の入ったペットボトル。
それを注ぐためのコップ。
喉が渇いたと、妻が自分のコップにコーラを注ぐ。ついでに貴方はと声をかけてくる。
俺は発声しないで頷いた。
俺は注がれた泡のたつ液体をけしてスカッと爽やかに飲めはしなかった。

二人の子供はすくすくと育ち、幼稚園を卒業すると小学校に入学した。

二人は供に女の子で三歳の間隔があいていた。最初の子供は結婚して一年二ヶ月後位に産まれた。
入籍以前からけして避妊はしていなかったが、直ぐには妊娠しなかった。
結婚当初はお互い感情が舞い上がって気にもとめていなかったが、その内に妻が子供を欲しがるようになって俺も引きずられるように同調した。
しかし俺のなかでは激しい葛藤が起こり続いてしまった。
果たして妻が、そして俺自身が子供を育て教育し育てられるだろうかと言う不安と怖れに苛まされたからだだった。
勿論そこには生活とそれを支える経済力がけして強固とは言えず、脆い影が絶えず不安を煽りたてていたからだった。
自分の仕事に対する能力は低く意識もけして高くはなかった。
職場の環境も人間関係も厳しく、果たしてそれについて行けるか、いつなんどき振り落とされるかわからないのが実情だった。
高校を卒業してから、十五年続けた飲食店の厨房の調理の仕事をあっさりと捨てた。
転居して新たに選んだ仕事は工場内の作業だったが、それはあまりにも危険で無謀な賭けだったのだ。
その歪みに俺の仕事人生は一変に奈落の底に落とされたと言って過言ではなかった。

その内に妻に生理が来なくなったと告げられた。
妻は感激し喜んでいて、俺も表面ではそれに合わせたが内心は激しく揺れた。
正に天変と大地の異変が起きたに等しかったのだ。


自由詩 天変も大地の異変もなくて Copyright こたきひろし 2019-03-10 08:08:34
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