嘘は方便だから
こたきひろし

般若心経と法華経の違いもわからない
仏様の教えに全く関心も興味も持たない私の
耳と言う小さなグローブに時々思い出したみたいに
彼女は言葉のボールを投げてきた
「ネェ、あたしの事愛してる?」
だけど
私にとってそれは葬式の度に聞いているお経のようだった

答えをはぐらかす訳にはいかない
その都度イエスのボールを優しく投げ返してあげるんだ
けど
その時わいてくる心のモヤモヤには自分でも説明がつかなかったよ

すると彼女は目をうっとりさせながら
体を寄せてきて
そして私の耳に息を吹きかけるように囁いてくる
「嬉しい、あたしも貴方の事愛してるよ」
それから私の口を塞ぐみたいにキスをしてくるから
私の欲望は躊躇いなく舌を彼女の口に挿し込み
お互いがその唾液を絡ませたんだ

なんて時代もあったような
なかったような

男と女の関係は四年で飽きが来るらしい
そこから先は砂漠になるらしい

お互いが好きだった筈の
お互いの匂いが
ただの悪臭になり
鼻を摘まみたくなるらしい

若い頃に書いてしまった彼女を思う詩なんて
味噌汁の具にもならないから
廃棄してかまわないだろう
だけどラブレターは棄てるに忍びないだろうから
引き出しの奥へ奥へ

そして
男と女から
夫婦になり
夫婦から家族になって
やがて
真実の愛情が昇る朝日のようにありがたく輝いてきたら
それでエエじゃないかエエじゃないか

なんて幸福にたどり着けても
それはそれで問題がうまれるだろう

愛情は均等に公平に切り分けられないから
何の不満なくお皿に盛り付けるのは
やっぱり難しいから
そこに
必要なんだよ
嘘と言う方便が



自由詩 嘘は方便だから Copyright こたきひろし 2019-01-13 07:39:44
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