水(断片)
kajitsu
たゆたう水の上では
うまく像を結べずに、
ゆらゆらとぼやけてしまう、
そういった運河に浮かぶ街の景色はあなたの目のようだった。
手のひらいっぱいに掬った水が、
両手の中で震えていた。わたしの心と似ていた。
***
外では
雨のざわめきが絶え間なくてやるせない。
電車はすし詰めなのに、
野ざらしのせいで
公園のベンチは誰も近寄りはしなかった。
中と様子がかけ離れていると雨は異国めいたものに感じられ、
あなたが遠くて、
この家は静かなのだ。
***
本を身体に染み込むように読めた、少なくとも今日は。乾くなら、落ち葉のようにいつでも水には無防備でありたい。
***
頁を広げて浜に打ち上げられていた本を、鳥にしようか、未だに迷っている。
夜空よりも海の方が暗いから、
この喉は
手のひらなんかよりも闇を知っていて、
「うん」
「君は」という言葉たちが、
そこから無事に生まれて来てくれてよかった。
(冬なのに、夏の匂う午後だ。
どこかで波の音もしている。あそこの陽のさす丘で、
穏やかに裏返ってくる。ようやく、この日に帰ってきたよ。)
***
山籠りをする初老の男性が、
「こんな雨は歓声に聞こえるんです。」と、
森の中で話しかけてきたのは夢だったけれど、そんなふうに聞こえたことなんてわたしはなかった。
空は、月が滲んでいた。