混沌をまんべんなく敷き詰めた小さなベッドに(そして窓の外にやって来る思慮深い友達に)
ホロウ・シカエルボク


アルフレッド・ヒッチコックの夕暮れのような空のなかで今日が竦み上がりながら死んでゆく、その悲鳴は、その悲鳴は…昨夜俺を悪夢から叩き出したその声とまるで同じで―なにを見ていたのか、なにを知っていたのか、あの夜の悪夢のなかに生きていた俺は―思い出そうとしても穏やかな記憶喪失に阻まれるばかりで…鼻腔の中のできものが終始不快感をばら撒いている、まるで、いけ好かないやつと一日を共にしなければならない時に、心にやってくるものと同じような具合さ―ディランはゴスペルを歌っている、そして俺は机に齧りついている、路面電車はろくに客も乗せないまま週末を消化し、はるか沖ではいまだに台風が産声を上げている…夏のさなかや終わりに生まれるやつらはみんな、産まれてすぐに死んでいく、そんな気がしないか―?もう今年の夏も死体になってしまった、暖かい昼間だって半袖のシャツではもう居られない、街を歩く連中はみんな、どこか解放されたみたいな表情を浮かべている、だけどそれも束の間のことで、程なく寒さに縮み上がりながら歩くことになるだろう―毎日に記録するべきことなんてなにもない、無理に書いたってわざとらしくなるばかりさ―俺は日記なんてつけることはない、もちろん鍵の掛かる、純粋な意味での日記ということだけど…なにを食べたとか、どんなやつにあったとか、どんな出来事があったとか―そんなものを和やかに思い返す未来など俺にはたぶん訪れない、俺はこうして時たま、幾日かのなかで産まれたごみを殴り書きして捨てるだけさ―新しいものを求める、いつだって…そうさ、俺が求めているのはいつだって、自分のなかに流れ込んでくる新しい血液の温度さ、だからこれは日記にはなり得ない…いや、もしかしたら、最初に書かれたいくつかのものは、そんなものだったかもしれない、だけどそういった要素はいつの間にかどこかへ消え失せてしまった―俺は記憶を排除し、感情を排除し、出来事を排除してその奥に含まれていたいくつもの形にならないものをごたまぜにしてここに書きつけている、いつからかそういうふうに書くことが俺の命題となっていった、たとえば、それが写真であるならおぞましいほどの逆光が焼きつけられたようなものだろう、たとえば、それが小説であるなら関連付けられるのかどうかもよくわからないような有象無象が意図も感じられないまま章分けされてぎっしりと詰め込まれたようなものになるだろう―それは、たいていの人間にとってはまるで意味がわからないというものになるだろう、だけど、カンのいいやつには、それはそういうものでなければいけないのだということだけは理解出来るかもしれない―つまり俺が言いたいのは、「根源的なもの」でなければいけないということなのさ…とかくこの世は悪質なシンプルに支配されていて、ひとめ見ればわかるもの、ひとくち食べれば受け入れられるもの―そんなものばかりがそこら中から溢れ出してくる、だけど、いいかい、そんなものは、何年経っても、何十年経ったところで、そういうものでしかないというたぐいのものなんだ…ヒット・チャートの歴史を紐解いてみるだけでもそういうことはすぐにわかるはずさ…音楽、詩、小説、そのほかのあらゆる表現形態は、一見してもすぐにそれとはわからないようなものたちがその命を繋いできたんだ、アンダーグラウンドで―地下室の暗闇で錆びついた弦に油を塗りながらね…その数は圧倒的に少ない、だけど、それは本当に心を救ってくれるものなんだ、慰めや優しさじゃない、あらゆることを真っ向から突きつけてくれるものさ…俺はずっとそういうものを信じて生きてきた、だからずっとこうしていることがやめられないのさ、どこかに、どこかに…どこかにこいつを投げ捨ててから寝床に潜り込まなければ、きっと満足に眠ることさえままならないだろう―俺にはこんなことに関するあらゆる理由は理解出来ない、だけど、それについて理解しようとすることはもう、とっくの昔にやめたんだ―頭で考えて理解出来ることなんて、所詮それだけのものに過ぎないということさ…ただひとつこれについて言えることは、これこそが俺の新しい血肉となり、眠ってまた目覚めるだけの理由になるということだ―ディランがゴスペルを歌っている―太陽はいつしか姿をくらまして、そいつよりもずっと人々を考え込ませる夜といういきものが窓の外に宿命のように張りついている、ねぇ、どうだいと俺は夜に問いかける、あんたと太陽が繰り返し訪れるその意味について、こうして日々が絶え間なく訪れる、その―根源に―ついて…。


自由詩 混沌をまんべんなく敷き詰めた小さなベッドに(そして窓の外にやって来る思慮深い友達に) Copyright ホロウ・シカエルボク 2018-10-28 22:48:01
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