羽
とんぼが旗竿の先にとまつてゐる。
セルロイドのやうな羽の一枚が、半分切れてゐる。
緑の縞の入つた黒い胴を一定のリズムで上下させ、三枚半の羽を震はせながら、とんぼは虚空を睨みつけてゐるように見える。
だれのうまれかはりなのだらう。
(二〇一八年十月十五日)
廊下
廃校の廊下。どこまでも続いてゐて先が見えない。
三人立つてゐる。
一番手前にゐるのが、去年死んだ友だち。
その向かうにゐるのが、太つたお巡りさん。
一番向かうにゐるのが、わたし。
下校のチヤイムが鳴ると、お巡りさんが突然走り出した。
「逃げて」と友だちがさけんだ。
わたしも走り出した。どこまでも続く廊下を。
わたしの姿が見えなくなつた。どこまで逃げて行つたのか。
チヤイムは鳴り続いてゐる。きつと、この世の終はりまで。
(二〇一八年十月十八日)
絵本
うすみどり色の表紙のその絵本には、わたしの知らないことがかかれてゐます。
わたしはその本を手に取ることができません。
絵本はずつとテーブルの上に置きつぱなしです。
旅に出ました。
旅先の宿で、女将さんが私を呼びとめ、「お忘れ物です」と言つてうすみどり色の絵本をわたしに手渡してくれました。
わたしは絵本を宿のテーブルに置いていきました。
家に戻ると、テーブルの上にうすみどり色の絵本はありません。
お茶を飲み、ほつとひと息ついてから、わたしは泣きました。
泣いても泣いても、泣き足りない思ひでした。
(二〇一八年十月十九日)