ネコと逃げる
ペペロ

ホテルの駐車場に白黒のネコが迷いこんでいた。
都市を見舞った大雪をカーテンの隙間から見つめていた。
敵を五人殺した。四人かも知れない。うち一人は敵ではなく民間人だったかも知れない。
あと二人、もしくは三人。ぼくを殺す七人の名前と顔はわれていた。
ぼくはこの七人を殺して港にいく。監視カメラ情報が警察から横流しされていれば、ここにももうすぐ殺し屋がやってくるだろう。
彼らを殲滅しても第二陣がやってくる。ぼくは第二陣よりはやく港にいかなければならない。

時間が経つのが遅い。まだ三時にもなっていない。さっきのネコを眼下に探す。
雪はすこしとけている。いない。
彼らは車をこの駐車場にはとめないだろう。
このまま殺しにこなければ港にいってしまうか。
だが防犯カメラとは名ばかりの、監視カメラだらけの街に身をさらすのは危険だ。
身をさらすのは、せめて殺し屋を消してからにするべきだ。
街中で騒ぎになることは、ぼくにはなんのメリットもない。警察もあてにならないし、警察をあてにできるほど、ぼくは善良な市民ではないのだから。

この部屋にはすでに三段構えのトラップを仕掛けていた。
敵も五人の殺し屋と連絡が取れなくなっているのだから、残りの二三人で殺りにくるはずだ。三人なら一人は外で待機するだろう。二人なら同時に踏み込んでくるだろう。いずれにせよ部屋に突入してくるのは二人。
カーテンの隙間から駐車場をのぞく。意味がなかろうとのぞく。
意味がなかろうとネコをさがす。いや、ネコには意味がある。
ネコが現れたときは、流れが変わるとき、予期せね流れができるとき。
その差異に気づくことで、ぼくは生き延びてもきたし、殺してもきたのだ。

ノックする音がした。どんな音がするのか確かめるような叩き方だ。
さあ最大のピンチであり最大のチャンスだ。
しばらくの無音。ぼくはちいさくネコの鳴き声を発した。電子ロックが外れる音。
二種類の声がした。日本語ではなかった。
熱湯が彼らに噴射されたのだ。衣服にしみてしばらくは普通ではいられなくなる。
それでも体幹だけで前に出たようだ。ぼくも一応目を閉じる。
小型ナパーム弾を十発炸裂させた。
最後の仕掛けはぼくだ。
彼らのあいだを全速力で駆け抜ける刹那、首を斬っていく。
廊下にでると一般客が一組戸惑っているだけだった。

あえてエレベーターを使う。全階押して、戦闘待機する。
足下からかわいい鳴き声がして視線をやると、ネコだ。やばい。この流れが変わるなら、やばい。七階で降りて非常階段をうえにあがった。流れを変えなければ。屋上にいくぞ。
屋上にでると雪景色のなかにチャペルがあった。ビジネスホテルだけれど結婚式もやっているようだ。
チャペルの入り口の柱にロープをかける。
そしてそのまま壁伝いに降りていく。
誰かには見られているだろう。
地上に降りて最初に出くわした乗り物に乗らなければならない。
雪の駐車場に着地して、あたりを見回す。
流れは変えられたのか。そればかりが気になる。

駐車場に入ってきたクルマを奪った。雪で道は混んでいた。渋滞だ。
たぶん七人の敵を殺った。あと一人がすこし自信がないが追っ手は今のところいない。
後部座席からネコの鳴き声がした。
カーテンの隙間から見つめていたネコに似ている。白黒だ。
ここで車を乗り捨てるのは危険だ。パトカーの音もしない。黒塗りの車も見当たらない。
このまま港まで行けば逃げられる。しばらくは、この国には戻れない。
と、車の屋根が急激に凹んだ。フロントガラスが真っ白になった。
ああ、やっぱり、ネコか。
ぼくは後部座席を振り返った。ネコが五匹にふえていた。
そのうちの一匹を抱えて後部座席の左側のドアから飛び出した。
工事現場のH鋼が落ちてきていた。
故意か偶然かには興味がない。
この流れごと、ぼくには走るしかなかった。ネコは従順で温かかった。







自由詩 ネコと逃げる Copyright ペペロ 2018-09-23 21:12:02
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