だから君はささやかに赤く光るセンサーに手をかざせばいい
ホロウ・シカエルボク


出鱈目に打たれた杭のような樹木の
日に焼け落ちたカーテンのような枝の隙間で
天使の抜殻が薄曇りの空を透かして濡れている
ヴィデオゲームは明確にエンドを表示するけど
人生ゲームのそれはあまりにも判り辛くて
エンディングクレジットの片隅で
NG集を流してるような連中も珍しくないし


ラジオで流れるタンゴの裏拍が妙に五月蠅く感じて
まだ早い空の下で闘牛の幻覚を見ている
角が真っ直ぐにこちらに向かってきて
恋人を迎えるように両手を広げて立っている


昨夜の雨の名残を残す路面では
週末の馬鹿騒ぎの置き土産が点在している
点滅信号の下で誰かが死ぬような思いをしたらしい
清掃スタッフのジャンパーを着た中年の女が
水道代が心配になるくらいの水をかけている
長いこと口の中に入れたままのガムが
瀕死の捕虜のような音を立てて唾液を絞られている
戒厳令は日常茶飯事
戦争でもない限り撃たれるのは後ろからさ


アダルトビデオの看板を堂々と掲げる店舗の駐輪場で
三本脚の犬がこちらを見つめていた
視線はインク切れのコピー機みたいで
ひたすらに白紙を吐き出していた
まるでこちらになにかしら書き込む義務があるとでもいうように
やつの眼球は一ミリも移動しなかった
たとえ無軌道な子供らがきちがいじみた声を上げながらすぐそばを通り過ぎても


ダヴの低音をウンザリするぐらい響かせるウーファーが
二本南のバイパスで信号待ちをしている
缶コーヒーの苦みは演技過剰な実力派が見せる余韻みたいで
神経質な日にはすぐに水が欲しくなる
スマートフォンを操作しながら自転車を走らせている若い女が
軽四トラックに引っ掛けられてみっともない姿で転ぶ
本当の恥はきっとそれに気づかないところにある


二年前に廃業したガソリンスタンドの敷地内にある便所はどういうわけかまだ生きていて
退屈で仕方がない時にはそこを覗きに行く
一週間に一度は苦笑するようなトラブルの痕跡があって
エディ・マーフィーのジョークぐらいには盛り上げてくれる


車道わきの小さな側溝の丸められたガムの包み紙は
痛ましい文明に翻弄される都市のポエトリーリーディングだ
センテンスを拾い上げてゴミ箱に返すのさ
遺言に変わるなら詩情も本望だろう
排気ガスが声量だけのシンガーみたいなうたを歌い続けている
ブーイングを飛ばすのは髪を尖らせた連中ばかりだぜ
日本人にパンク・スピリッツを売り込むのはやめときな
あいつらは幾つになっても卒業出来やしないから


マーケットで右腕に買い物かごを引っ掻けて歩いてる連中は
何故だかなんの目的もない放浪者のように見える
かごが埋まるごとに制限時間が減っていくのだ
遊びは終わりだぜ、清算を済ましなよ
いつまでも陳列を眺めている暇はありはしないんだ
レジの女が妙なレンズでバーコードを読みながら薄笑いを浮かべる
彼女はきっと幾つかのからくりに気がついているのさ
出口の自動ドアの開き具合を見てみなよ
きっと出迎えてくれた時より素っ気ないに違いないさ


パラセーリングのように浮遊する意識がビルの隙間の限られた自由を漂っている、見下す目に映るものはここで見えるものと大差ない、ほんの少しアングルが違うだけさ、ほんの少しアングルが違うだけなんだ、そこからはやつらのつむじが見える代わりにやつらの表情は見えない、汚れた屋根が見えても血のこびりついたバンパーは見えない、街灯に取り付けられたスピーカーは見えてもそこから流れてくる音楽は聞こえない、美しい街並みが見えたところで路地裏に転がった死体のことは判らない、さあ、君はどうする、空を飛ぶか、町を歩くか、それとも地下へ潜るかい、そしてどんな武器を手にして、どんな戦果を得るんだい、天使の抜殻のために叫ぶのかい、三本脚の犬のためにうたうのかい、廃業したガソリンスタンドの便器に転がる薄汚れたスプーンのために戦うのかい、ひび割れた街路にはいつだって数え切れぬほどの詩が溢れているのに、君はいつだって気の利いた行間と数行の羅列だけで片付けようとする、俺は睡眠不足の脳味噌を極限まで捩って、君が選択しないもののためにキーボードを叩くのさ、夜になる前に、夜になる前に、出来ることはまだ必ずある、夜になる前に、夜になる前に、新しい文書は必ず出来上がる、電子メールの時代になったって面倒臭いことがなくなるわけじゃない、ならば俺はそこに留まって…


点字ブロックに残された吐瀉物みたいななにかを書き記すのみさ




自由詩 だから君はささやかに赤く光るセンサーに手をかざせばいい Copyright ホロウ・シカエルボク 2018-03-04 13:52:31縦
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