落ちたりんごを拾うように (2017)
AB(なかほど)

🍎 頬杖 

言葉は心を越えられないこと知っているのに
心が言葉を越えられないとうつむいてみる
それが
林檎のように沈んでゆく



🍎 なり損ねた夜

夜十一時過ぎ
久しぶりに漱石が読みたくなってまだ明るい古本屋へ
文豪名作全集はちょいと、◯×ジュニアもちょいと
文庫版でいいんだけどさ
と つらつらと 目を流してると
林檎 林檎 
それは、あの頃の 君が好きだった北の小説
  林檎 林檎 林檎
あんなに齧りかけの林檎ばっかり描いていたのに
ただの林檎さえ描けなくなったのは何故なんだろうね
もう少し判らないふりしててもいい のかな
そのとき、ちょうど君が胸ポケットの携帯を
いや 君からじゃないことは判っているさ
でも 僕の胸を震わせてるのは君だろう
  ぶるるる って
そんなに震わせたって僕の心から君の欲しい物は
たぶんもう何も出てこない
     
あんなに齧りかけの林檎ばっかり描いていたのに
ただの林檎さえ描けなくなったのは何故なんだろうね
もう少し判らないふりしてるよ
  いいのかな もう いいのかな

「はいはい判ったって、もう帰るから」
十二時閉店前、この夜に
中途半端なエロ本を片手に店を出たこの夜に
またいつか



🍎 ほしりんご

いつまでも紅いほっぺたのままではいられませんが
ずっと待ってる

ずっと待ってるって言ったけど
もうそろそろひからびちゃいます



🍎 習作

あの頃の僕の絵にはいつも齧りかけの林檎が描かれていて
それは空に浮かんでいたり波間で揺れていたり
想い出の瓶詰めの中で転がっていたり
キャンバスには他にも今が食べごろの様々な果物を描きながら
見る者 誰もが齧りかけの林檎を欲するように
と願って描いていた

僕の好きだった北の文学に出て来るようなあの頃の君はいつも笑顔で
振り返るとき、話すとき、仲間に囲まれているとき、歌うとき
そして君が綴る言葉達の中にも
多くの笑顔が僕の好きな笑顔が転がっていた

君の笑顔のほとんどが作り物であることとその理由を話してくれたとき
そこには
そこには僕が知る限りで最も美しい笑顔らしい笑顔が滲んでいた

やがて僕の描く齧りかけの林檎はすっかり色を無くしてしまい
ただの林檎
   にもなれない



🍎 落ちたりんごを拾うように

落ちたりんごを拾うように
貝殻を拾うように
首を少しかしげてからすくめるように
泣きながら寝るように
紅いほっぺたのように

文学なんてなかったころの
哲学なんて呼ばないころの
夜に怯えてぎゅってしていたかっただけの
そんな言葉を探している

落ちたりんごを拾うように
君のほっぺたが紅くなるように
そんな言葉にもならないようなことを
探してしている



🍎 君の噂を聞いた夜

いくつもの季節が過ぎて君の笑顔しか思い出せなくなっていました
田舎へ帰ったと聞いていくつものアルバムの中の君を探しているのですが
探しているのは笑顔ではないのです
悲しみを探しているのです

あの笑顔は悲しみを覆いつくす笑顔で他の誰の幸せも邪魔しないようにと
君の優しさから生まれた笑顔だったと気付いた頃にはもう側にはいなくて
あの笑顔が作り物だったとしても出会えたことに感謝しているのに
側に居た時間に僕は何をすべきだったのだろう

いつの写真も君は笑顔です
離れた時でさえ覚えてるのは笑顔で
想い出での全てで君は笑顔なんです
胸を熱く、しょっぱい思いをさせる笑顔なんです
悲しい顔も見せてくれよ
とつぶやきながらもくしゃくしゃになってるのは僕のほうで
握りつぶしてしまった写真の中でも君は
やっぱり笑顔なんですね



🍎 立ち読み

あのひとは童話作家になっていました
わたしは
嬉しくて嬉しくて嬉しくて何度も何度も何度も読み返して
そらでつぶやけるほど何度も
でも
その齧りかけの林檎の挿し絵はわたしが描くはずでした
その頁がひらく度 しだいにやるせなくしらんでしまい
あのひとの童話 抜き出した棚に戻しませんでした

帰り道は晴れていて
すっかり覚えてしまった物語をつぶやくと
齧りかけの月 歪んでゆきました
置き去りの絵本 店員さんに見つかる前に
誰かが手にしてくれるでしょうか

     それともその前に



🍎 明日 泣こうと思う

明日 海を見にいこうと思う
君の書いた童話を持って
午前中に行けばゆっくりと思いだすことができるだろう
降っても晴れてもかまわない
どちらにしても君を思いだしてるだろう

明日 海を見にいこうと思う
君の書いた童話を持って
おそらく半分も読めはしないだろう
それで十分だ

明日 海を見にいこうと思う
海を 見にいこうと思う



🍎 クロッキー

齧りかけの林檎をはじめて描いたのは
十三歳のクロッキーで もうずいぶん昔のこと
その後 デッサン、水彩、油彩、詩の入ったポスターカラー仕上げ
完成した絵は一枚だけで
それも手元には残っていない

まだ君の手元に残っていればなどと
長らく妄想してみたりなんかしていたのだが
久しぶりに想い出の瓶詰から取り出してみようか
齧りかけの林檎を描こうか



🍎


自由詩 落ちたりんごを拾うように (2017) Copyright AB(なかほど) 2017-12-21 17:35:27
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