りんご峠
Seia

すこしでもふれたら
翅の先で切れてしまいそうな
赤蜻蛉の渦のなか
一歩も動けそうにない

まばらな雲だけが
夕暮の残りを反射して
足元はもう
とろけて
かたちがない

帰らなくちゃいけない
突き刺された矢
亀裂が走って
振り返ると風鈴が
最後にひとつ
おとをもらしたあと
坂道をころがってくる

とおくにみえる仄明かりが
縦にならんで
ぽつ
ぽつと
扉の隙間からこぼれ
したたりおちる

あの塔には
決して登ってはいけないよ
わたしはこの声の出処を知っている
くるぶしをさわるかぜ
きちきちと
草むらが鳴く

いちじくの木に群がる声
数秒前に聞いたものもあれば
記憶の彼方に追いやられたものもある
こめかみをなでるゆび
耳もとで
りんごをむく


自由詩 りんご峠 Copyright Seia 2017-09-25 14:34:28
notebook Home 戻る