丘の上のふたり
ペユ

 おそろしかった日々は雪のように溶けていった
 ね 言葉は するどい雹となって 僕やあなたを傷つけた
 殴る手はそこまで届かないけれど 言葉はそこに入り込んでくる
 愛の言葉が ときどき僕やあなたの心の底に届くように
 銃弾となった 血 を吹き出させる 何も知らない兵士たちの言葉も
 僕やあなたの心の底に 打ち込まれていく
 何度も何度も 僕とあなたはそれに どれだけ静かに耐えてきたことだろう
 言葉を 愛と慈悲以外の場所で 空に浮かべたくはなかったから
 
 覚えていますか?
 僕とあなたは 長いこと 一言も口をきかなかった
 光と光が交差するように あなたと視線は何度も交わされていたのに
 まるでリスと野良猫の関係
 僕もあなたも 傷つきたくなくて傷つけたくなくて
 臆病に 距離を測っていた まるで一撃必中のスナイパーのように
 トリガーを引く 愛の言葉を 最初に交わしたかったから
 
 最初に交わした言葉は とっても平凡だった
「素敵な髪形ですね」とか(あなたのトレードマークは天然癖毛のハーフアップ)
「もしよかったら、一度どこかでお茶でも飲みませんか」とか(落ちついた喫茶店の案内ならまかせて)
 そんな洒落た言葉のひとつでも出てくればよかったけれど
 僕の口から出てきた言葉は からからの喉の奥から ヒナが孵化するようにようやく出てきた言葉は
 



 ……あの。




 あなたの瞳がきらきらと、きらきらと
 五秒間の沈黙
 僕もあなたも うつむいて うつむいて
 白い肌のあなたの頬は それだけでピンク色に染まった
  
 なんてこった!
 一撃必中のスナイパー 息を止めて ゆっくりとトリガーを引く 
 初速3600km/hで飛び出た ちっぽけな言葉
 シモ・ヘイヘも顔負けみたいだ それはあなたの心の底に ずきゅん




 ……ずきゅん。




 傷つくことを知っていたあなたは 傷つくことを知っていた僕は
 お互いに 心をレイプされた者同士 
 小さい頃から それは繰り返し 繰り返し
 親にも 親戚にも 警察にも 教師にも 友だちにも 親友にも 恋人にも 見知らぬ人にも
 蹂躙されてきた 傷つける言葉ほど簡単なものはないのだから
 彼らは
 勇気のいらない言葉を
 信念のいらない言葉を
 何も考えずに吐ける言葉を
 打ち込んできた 僕とあなたの心の底に
 ときには正義漢のふりをして コノショウガイシャ! オマエハビョウキダ!
 アタマガオカシイ! ドウシテマダイキテルノ! ジョウシキデカンガエロ!
 ミンナガオマエノコトキラッテイルンダ! シネ! シネヨ! ピーチクパーチク!
 ピーチクパーチク! オマエノコトナンカ好きになる人イルワケナイジャナイカ!
 悪意だけが世界に満ちているのだと 悲しんでしまうのに充分な量の言葉を
 何度も何度も繰り返し まるでシリアの戦地で歯車が回り続けるように
 僕もあなたも 吐かれ続けてきた 
 律儀な僕たちは その言葉をひとつひとつ丁寧に受け取ってきた
 
 もう大丈夫だよ
 おそろしかった日々は これでおしまいだ
 それは雪のように溶けていくんだ
 悲しみのように溶けていくんだ アイスクリームのように
 血は 
 心が吹き出し続けてきた その血は
 融解していく ふたりのるつぼの中でゆっくりと
 誰もいない場所で 青空の下に咲く向日葵を見つけたときのように
  
「あの」と僕は言った
 十歳の少年のように二十六歳のオジサンである僕は
 コレボクノレンラクサキナンデスヨカッタラレンラクシテクダサイ
 イチニチデモイッシュウカンデモイッカゲツデモイチネンデモジュウネンデモゴジュウネンデモ
 マチマスカラ
 イツデモイイデスカラ
 イチドダケデモイインデス
 オハナシシテミタインデス
 ヨロシクオネガイシマス

 ねえ
 僕たちはお互いに
 愛と慈悲の言葉を口にするためだけに
 静かに耐えてきたんだ 
 年季の入ったワインのように 醸成させてきたんだ
 耳をふさいで 終わらない憎しみや悪意の標的に 僕たちはいつもいつも選ばれて 

 春になったら 小さな丘の上にふたりで行って
 街を眺めよう 手を繋いで 光の粒子に目を細めて
 僕とあなたの言葉を 空に浮かべて   
 愛していると 瞳に向かって 
 語り合おう 心の底に 優しい言葉が届くように


自由詩 丘の上のふたり Copyright ペユ 2017-06-13 21:39:00
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