ミューズへの恋文
ただのみきや

どうかあなたという揺るぎない現実に対して
絵空事のような恋情を描くわたしを許して下さい
これらの時代錯誤で大げさな言い回しは
詩人気取りの馬鹿な田舎者がそれでも言葉だけ
精一杯めかし込んでいると想って頂いけたら結構です
あなたはわたしにとって永遠のアニマ
ひび割れた空の器を満たすミューズなのです


人より長く蛹暮らしの女がいた
周りはとっくに翅を伸ばして甘い汁を享受していたが
ある日ナイロンの月の下
弓で弾くような震える声で
歌ったのだ 遥かな都 
水面に揺れる夢の歌を
すると思いもよらないこと
夜も昼もない世界への扉が開いた


オオミズアオはベビーパウダー
求愛と死の舞踏 惜しむことのない 
狂気と孤高のファルセット
朝明けと見紛うライトに焼かれながら
擦り切れた翅を激しく 尚も激しく
すると幾つもの幻の女たちが
像を重ねながら赤い河を渡った
ビル群が墓石に見える一瞬の静寂に
かき消される酒場の夢のように


燃え尽きた
かのように見えた
聴衆の乾いた意識の暗渠に
時の波間に飲まれて消えたのだと
だが幻は硬質だった
体積を持ち触れるほどに
一粒の種の中から林檎をもいで差し出すかのように
あなたは匂い続けた
幾つもの枷が食い込み血を流しながら
湧き立つ意を音に縫い合わせ続けた
それは絶えざる空虚への奉納 自らの魂への 


咆哮の中にすらか細い声が隠されているのか
嵐の夜の 遠い篠笛のように
石の心をも穿つ 秘めやかな落涙のように
毅然としている いつも自分に対して
親切ではない誰にも寄り添わない声
だからこそ駆け寄ってしまうこの腕がいくら空しくても
個人的で平和的ではないメタファーが
麻酔もなく移植された
いつまでも縫合されないままの胸を重ね合わせたい
身悶えするほど愛おしい
揺れる無数の鬼火の
ひとつに過ぎない
わたしにひと時の夢を施して


何処へでも通じていながら
いつも終着終のような舞台に立って
芸術よりも甘く 熟れ過ぎて
腐り落ちる 瞬間の 真実という
虚構の果実を見えない涙で洗っている
微笑みながら理屈を灰にすべての――
あなたは鍵 わたしを開く




           《ミューズへの恋文:2017年6月10日》











自由詩 ミューズへの恋文 Copyright ただのみきや 2017-06-10 14:40:11
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