誰も思い出さないその雨のことを
ホロウ・シカエルボク



数時間硬直したままの肉体は、真っ白い砂漠の中でどす黒く腐敗する夢を見ていた、血液は破れた血管から鉄砲水のように溢れ出し、もう使いものにならなくなった皮膚に無数のラインを描いてから砂地に染み込んでいった、そうしてすぐにその鮮烈な色を失くしてしまった…それは、観念に囚われ過ぎて余計に踊ったものの死としては出来過ぎに思える見てくれだった―よくある話だって?瞬きをして御覧よ、もう少し違うものが見えるかもしれないぜ…夢を叩き潰すように激しく降り始める雨はトランス・ミュージックのように様々な音を極限まで詰め込んでいる、なあ、ときにはあまり鳴らさないことだって必要なんだ、そうは思わないか?機械仕掛けの人形のようにゆっくりと上体を起こして、この朝のことに思いを巡らせる、そこにぶら下がってくる一日がどんなものであったとしても、今朝の夢ほどに饒舌に何かを語ることなど出来はしないだろう―まあそんなの、判り切ってることではあるけれど―ミネラル・ウォーターの柔らかなプラスティックボトルは、いつでもある種のやましさを隠しているみたいに思える、飲み干して、握り潰す、そんな行為を子供のころから止めることが出来ない、澄んだ水を生活の中で欲するなら、ちょっとやそっとじゃ溢れないくらいのダストボックスを用意するべきだ―月に一度の収集の日まで余計なプレッシャーを感じないで済む、それはそれで結構重要な項目だ―そうじゃないか?なぁ、シャワーを浴びたか?顎に流れた水を拭いながら考える、起きたばかりだ、もちろんまだだ…浴室には昨夜洗い流したものたちの残留思念がアメーバのように張り付いている、モダンな浴室が欲しいな、と俺は考える、そうすりゃタイルの目地にこんなものがへばりつくこともないのに―いつからか、髪を、身体を洗う間、目を閉じているようになった、そこにどんな理由があるのかなんて考えたこともない、ただ、「それがいつからか」少しも思い出せないってだけの話だ…いくつもの古びた細胞を下水溝へと葬って身体を拭き、服を着る、清潔なものを身体にまとっていると、いつもどこか少し嘘をついているような気分になる、つまりそれが、ミネラル・ウォーターのボトルが隠しているやましさだということなのさ―爪先でフォー・ビートを刻みながら髭を剃る、いつか、この剃刀で顔中切り刻むことを夢想しながら…いや、それは、憧れのようなものだ、本当にそうするなんて言ってない、死を覚悟しない人間は髭を剃るとき以外にそんなものを手にすることはない―引っかかりのない肌は居心地が悪い、でもそれは拒むほどの状態ではない、少し時間が経てば忘れてしまうようなことだ…髪を乾かして表通りへ出てみると、粋がった小僧がこれ見よがしに唾を吐いていた、「反逆者」を自称する小蝿がこの街には多過ぎる、アイスクリーム屋の側を通り過ぎたとき、やんでいた雨がまた激しく降り始める、まるで残務処理のように―慌てて、ぶちまけたみたいに―空は気持ちのいいほどの青を湛えたままなのに…俺はどこかへ身を隠す気にもなれず、濡れたままでしばらく歩いた、広い、自然公園に潜り込んで、屋根のあるベンチに腰を下ろして雨が止むのを待った、それが叶えられるのは午後も遅くなってからだった、傘で身を守っていた者たちはそれをたたんで、まるで初めから雨など降らなかったみたいな足取りで歩き始めた、俺は日の当たるベンチへ移動して、濡れた服が乾くのを待った、ようやくなにもかもが片付いたころには、俺だけがその日激しく雨が降ったことを覚えていた。




自由詩 誰も思い出さないその雨のことを Copyright ホロウ・シカエルボク 2017-04-02 17:45:43
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