猫屋敷
春日線香

魚臭い家を出て用事を済まし
いくつか由緒のある品々を眺めて帰った
金泥で書いた文字を
猪の牙でこすって輝かせるなどという
今は滅びた技法で書かれた経典を懐に入れて
額に皺寄せて家に戻ると
朝出てきたときよりも家が「膨らんで」見える
というより「ぱんぱん」で「破裂寸前」なので
どんな妖怪変化の仕業かとおそるおそる玄関を開けると
毛むくじゃらの大猫がみっしりと詰まり
身動きひとつままならない様子
(窓から伸びた尻尾は優雅に振られている)
ここぞとばかりに懐の経典を取り出して読誦すれば
効果覿面
すうっと透明になりかけたはいいが完全には消えず
ちょっと与し易くはなったかなという程度で
まだまったくの妖怪屋敷には違いない
仕方なく他所で暮らそうかと考えてみるが
日々の苦労など考えて取りやめ
えい、
と大猫の躯の中に飛び込んでいく
と、これが非常に快適な住まいである
うすぼやけた空間は暑くも寒くもなく
少し生臭いのを除けばまことに便利なもの
腹が空けばそのあたりの肉塊(おそらく臓器?)から
少量を切り分けて口にすればいいし
一日ほど経てばそれらは再生している
肉のような果実のようなやや塩気のある芳醇な味わい
時折内側から撫でてやれば大猫も目を細めて喜ぶ
最初の一歩を踏み出すことが大事とは
人間関係と同じであるなあと思いつつ
これからも猫屋敷との猫関係を続けていく次第
最近尻尾も生えてきた


自由詩 猫屋敷 Copyright 春日線香 2017-03-26 00:16:27
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