剽窃
白島真
剽窃したい人はそこに居て、夏のセロリをしっぽから齧っている。水は生温い
が金魚鉢の赤い魚たちは夢を追わずきょうも元気だ。猫は背を丸めしっぽりと
寝ている。
猫を抱きしめる主体は私だが、猫は私に抱きしめられたとは思っていない。
そのように、あなたは私の透けた静脈をみつめる。セロリをほとんど食べ尽く
して。
剽窃したい人はそこに居て、その時間には詩人たちの居場所がない。装飾さ
れた言葉がない。
ただひとつの椅子だけが用意され、永遠という名の木ねじははずされている。
水溶性の欲望があなたの唇を濡らすとき、あなたは小さな叫びのなかで、
赤い魚たちを殺すだろう。欲望の主体を問いながら。
剽窃された言葉はそこに在り、眼は剥離岩のように簡単にだまされる。
神は単なるひとつの方向であり、他者との距離を測るためのものに過ぎない。
それはあなたを愛すること、あなたに愛されることに、どこか似ている。
愛を海の深さで推し量ることは、すでに言い尽くされている。
剽窃された言葉はそこに在り、剽窃された人と共にある。
白い食卓の時間、猫語を話すことにどんな意味があるだろう。
紫陽花やどくだみが喩となりまた枯れていく、その色だけを残して。
『しなびきつた心臓がしやべるを光らしてゐる』*
*朔太郎「月に吠える」より「かなしい遠景」