剽窃
白島真

 剽窃したい人はそこに居て、夏のセロリをしっぽから齧っている。水は生温い 
 が金魚鉢の赤い魚たちは夢を追わずきょうも元気だ。猫は背を丸めしっぽりと
  寝ている。 
 猫を抱きしめる主体は私だが、猫は私に抱きしめられたとは思っていない。
 そのように、あなたは私の透けた静脈をみつめる。セロリをほとんど食べ尽く
  して。

 
 
 剽窃したい人はそこに居て、その時間には詩人たちの居場所がない。装飾さ
  れた言葉がない。
 ただひとつの椅子だけが用意され、永遠という名の木ねじははずされている。
 水溶性の欲望があなたの唇を濡らすとき、あなたは小さな叫びのなかで、
 赤い魚たちを殺すだろう。欲望の主体を問いながら。

 
 剽窃された言葉はそこに在り、眼は剥離岩のように簡単にだまされる。
 神は単なるひとつの方向であり、他者との距離を測るためのものに過ぎない。
 それはあなたを愛すること、あなたに愛されることに、どこか似ている。
 愛を海の深さで推し量ることは、すでに言い尽くされている。
  
 
 剽窃された言葉はそこに在り、剽窃された人と共にある。
 白い食卓の時間、猫語を話すことにどんな意味があるだろう。
 紫陽花やどくだみが喩となりまた枯れていく、その色だけを残して。
 『しなびきつた心臓がしやべるを光らしてゐる』*
  

    *朔太郎「月に吠える」より「かなしい遠景」 


自由詩 剽窃 Copyright 白島真 2017-02-15 09:08:21
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