私の中に住む女
宣井龍人

夜も更けて、マンションの落ち着いた寝室に、今日も暗闇が訪れた。
いつものように出窓のカーテンを閉めると、ベッドに安楽を求めていく。
私の意識は奥深く沈み込み、静寂が体を大きく包み込んだ。
何も感じるわけでもなく、酸素と二酸化炭素の交換と心臓の鼓動だけが規則正しく行われていた。
睡眠は人が最も生物らしさを感じる時かもしれない。

そんななか、やがて私は微かな気配を感じていた。
眠りの居心地の良さのため、増してくる気配に抵抗していたが、徐々に徐々に意識が再び創生されてきた。
私の目には、おぼろげながら形らしいものが見えてきて、ついには焦点が見慣れない映像を捕らえきった。
人が、それも若い女が、私の目に飛び込んできた。

「貴女は?」
「こんにちは。」
「貴女は?」
「……。」
「貴女は誰だ?」
「私は貴方の中の女。」

「えっ?」
私は明かりをつけ周りを見回した。
眠る前と何一つ変わったことはない。
私はベッドに体を休め、心地良い眠りに誘ってくれた本も枕元に置かれていた。

「どこから入って来た?」
私は体を起こしながら、見知らぬ若い女に尋ねた。
「どこから入って来たかって?」
「そうだ。」

若い女はベッドの横に無造作に立っていた。
すらりとした長身に赤いドレスをまとい、凛とした目つきで私を見下ろしていた。
だが、若い女ということもあってか、不思議に恐怖は感じなかった。
いや、若い女だからだけかはわからない。
見知らぬ女であるのに、そうではないような言葉では表現できない感触も覚えた。

「どこからも入って来ていない。」
「何を言っているんだ!」
私は感情で言えば怒りに近いものを感じた。
同時に、ここにきて、背筋に冷たいもの、恐怖に近いものを感じだした。

「おまえは誰だ?」
女は、ベッドの横から退き、ソファーに腰を下ろした。
そして、艶かしい足を組みながら、静かに、しかし、しっかりと言った。
「私は貴方の中に住んでいる。」

「ふざけるな!そんなことが信じられるか。」
私は怒りと恐怖が入り混じった声で女をにらめつけた。
眠る前と何一つ……、何一つ変わっていない、目の前に見知らぬ女がいる以外は。

「そんなことない。」
私の心を読んだかのように、女は平然と言い放った。
そして、ソファーから立ち上がると、私のスーツなどがあるクローゼットを開いた。

「そんなばかな……。」
私は信じ難い光景に、またもや長年連れ添った自分の目を疑った。
クローゼットの衣類が、すべて女物に入れ替わっているではないか。

「まだ、わからないの?」
「……。」
「私が貴方の中の女なら、貴方は私の中の男なの。」
「……。」
「今日だって、貴方の方から会いに来たのよ。」
女は哀れむような眼差しで私を見詰めた。

私の言葉たちは足元から転げ落ちていった。
ただ、ただ、女の方を呆然と見つめ立ち尽くすしかなかった。
目が映し出す光景を必死に否定し、自問自答を繰り返したが、求める答えはどこにも見当たらなかった。
女からの刺すような視線を感じながら、私は徐々に意識が遠のいていった。

時間という生き物は、人知れず不規則な動きをするらしい。
小鳥の囀りに導かれて、この部屋にも爽やかな朝が訪れた。
部屋の主は、ベッドから立ち上がり、出窓のカーテンを開け、朝を迎え入れた。
艶やかな若い女は、爽やかな朝日を受けて、静かに微笑んでいる。


自由詩 私の中に住む女 Copyright 宣井龍人 2017-02-12 02:47:15
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