糖蜜の街
そらの珊瑚

糖蜜工場が爆発したことによって
甘い蜜たちが
静かに街を流れ出しました
その粘度たるや
もう人の手にはおえない類のものです
アスファルトの上の蜜はそのまま冷えて固いかさぶたとなり
土の上の蜜は地中に染み込んでいくまで
途方もないくらいの時間がかかりそうです
タイヤにからみついた蜜のせいで
自動車は乗り物としての機能を失いました
もうどこへも行けないということは
もうどこへも行かなくていいということなのでしょうか
恋をうみつけられた虫はだめになりました
時計台の下で待ち合わせした約束もだめになりました
時計の針もゆっくりと死にました
公園のすべり台はすべらない台になりました
オルガンのペダルはもどってきません
あんなに蜜が好きだった蟻も
どこへいったのか一匹も見かけません
磁場を失った空で
渡り鳥は渡れない鳥になりました
この街の上を迷走する風も
糖蜜の甘すぎる匂いを身に着けてしまいます
どこもかしこも人間さえも
糖蜜のやわらかな手からは逃げられないのでした
糖蜜がすっかり街をおおいつくしたころ
街全体は溶けだしたろうそくのよう
一番高い塔のてっぺんに
小さな灯りがともりました

雪が溶け
あたたかくなった時こそ
気をつけなくてはなりません
春の爆弾にスイッチが入る季節なのですから


今夜も坊やはママに
お気に入りのあの絵本を読んでとせがんでる
ちゃんと歯磨きをしたのに なぜか
かすかに甘く匂うベッドで






自由詩 糖蜜の街 Copyright そらの珊瑚 2017-02-01 08:38:18
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